和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2024年11月27日(水)

進行がんでみられる"痩せ"を引き起こす新たな免疫細胞を発見



東京薬科大学生命科学部の原田浩徳教授、立命館大学薬学部の林嘉宏教授らの研究チームは、進行がんの病態でしばしばみられる筋萎縮と体重減少の原因となる新たな免疫細胞を発見しました。本研究成果は、2024年9月12日18時(日本時間)に、英国 Nature グループが発行する オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載されます。




ポイント
・ 進行がんの病態で筋萎縮と体重減少を引き起こす免疫細胞(CiM)を発見した。
・ CiMは好中球様の単球で、筋肉を減少させるサイトカイン※1IL36Gを分泌する。
・ CiMが分泌するIL36Gのはたらきを阻害すると、悪液質の発症が抑制された。


概 要
 がん患者さんでみられる"痩せ"は、悪液質(cachexia)と呼ばれ、全身性の炎症に伴う筋肉の減少を特徴とする病態です。ほとんどの進行がん患者さんでみられる悪液質は、がん患者さんの主要な死因のひとつですが、その発症機序の解明は十分には進んでいません。
 本研究グループは、がんの進行とともに通常ではみられない特殊な単球(白血球の一種)が出現しIL36Gというサイトカインを分泌して筋肉を減少させることを、世界ではじめて同定し、Cachexia-inducible Monocyte(CiM)と名づけました。重要なことに、CiMが分泌するIL36Gのはたらきを阻害すると、さまざまな種類の進行がんマウスで悪液質の発症が抑制されることがわかりました。本研究の成果が、がん悪液質に有効な新しい治療法の開発につながることが期待されます。


背 景
 がん悪液質は、「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少を特徴とする多因子性の症候群」と定義されています。悪液質は、がんの種類を問わず進行がんの患者さんの80%でみられ、治療効果の減弱やQOL低下の要因となり、がん患者さんが亡くなる原因の30%前後を占めます。
 最近のがん研究で、からだを守ってくれるはずの免疫細胞が、がんの発生や進行にかかわっていることが明らかになっています。その中でも、自然免疫細胞とよばれる単球やマクロファージなどは、がんを取り囲む環境(がん微小環境)で特に重要な役割を担っています。がん細胞がこれらの免疫細胞の性質を変化させて、転移しやすい環境を整えたり、がんを攻撃する免疫から逃れる力を獲得したりしていることがわかってきました。一方、がんの進行と密接にかかわる悪液質がおこるメカニズムの解明は十分には進んでいません。がん悪液質がおこるしくみを解き明かし、新たな治療法を開発することは、すべてのがんに共通する課題と言えます。


内 容 
 がん悪液質がおこるしくみを調べるため、本研究グループは、慢性骨髄単球性白血病(CMML)という血液のがんに着目しました。CMMLは持続的に単球が増えつづける血液がんですが、CMML患者さんでは、体重減少や筋肉の萎縮といった悪液質の症状がよくみられることが知られています。こうした悪液質の症状は他の血液がんではあまりみられないことから、CMML患者さんで増えている単球の中に、悪液質の原因となる特殊な細胞集団がいるのではないかと考えました。
 この仮説を検証するために、本グループが樹立したCMMLのモデルマウス(Blood Advances 2019;3(7):1047-1060)を詳細に解析しました。CMML患者さんから同定されたNUP98-HBO1という融合遺伝子を使って樹立されたこのモデルでは、CMML患者さんと同様に単球が増加し、体重減少がみられます。このマウスを詳しく調べると、健康なマウスに比べて筋肉の萎縮と筋力低下が進んでいることがわかりました。このマウスから単球細胞だけを集めてきて、マウスの筋線維細胞(C2C12細胞)と一緒に培養したところ、筋線維の萎縮が観察されました。この結果は、CMMLマウスで増えている単球の中に、筋肉を減少させるはたらきを持った特別な細胞が存在するということを意味しています。
 そこで、RNAシークエンシング(RNA-Seq)※2という方法で単球細胞内のすべての遺伝子の発現レベルを調べ、体重減少がみられたCMMLマウスの単球でだけ発現の上昇がみられる複数の遺伝子を特定しました。そして、フローサイトメトリー※3などの手法を用いて、それらの遺伝子が実際にタンパク質として単球に発現しているかを検証しました。これにより、悪液質を発症したCMMLマウスの単球の中に、健康なマウスの単球ではみられないCD38という抗原が発現し、筋肉の萎縮を引き起こすIL36Gというサイトカインを産生する特殊な細胞集団がいることをつきとめました。こうして発見した単球を、「Cachexia-inducible Monocyte:CiM(悪液質を誘導する単球)」と名づけました。
 CiMの特徴を詳しく理解するために、1細胞レベルで網羅的に遺伝子の発現を調べることができるシングルセルRNA-Seq解析を行いました。すると、CiMが好中球に似た性質を持つ特殊な単球であることがわかりました。また、ちょうど体重減少がはじまる前にCiMが出現すること、CiMの誘導にはトール様受容体4(TLR4)の刺激が重要であるということもわかりました。進行がんの患者さんの血液中では、HMGB1やS100A9などのタンパク質が上昇していることが報告されています。これらのタンパク質はTLR4を刺激することが知られていますので、CiMの誘導にかかわっている可能性があります。
 血液中の単球増加が、血液がんだけでなく様々な固形がんの患者さんにおいても予後不良と関連することが報告されています。そこで、乳がんや皮膚がんのモデルマウスを解析したところ、がんの進行とともにCiMが現れ、悪液質を引き起こすことがわかりました。さらに、大腸がんや腎臓がん患者さんの単球の遺伝子発現データを解析し、がんの進行にともなってCiMが出現していることを確認しました。これらの結果は、筋肉の減少を引き起こすCiMの出現が、がんの種類を問わず、がん悪液質に共通する普遍的な現象であるということを示唆しています。
 最後に、進行がんマウスで、単球のIL36G産生を抑えたり、筋肉のIL36受容体を阻害したりして、本グループが発見したCiMやIL36Gが悪液質の治療標的となるかどうかを検証しました。その結果、CiMに関連したIL36Gのはたらきを阻害することで、悪液質の発症が抑制されることが確認されました。本研究の成果が、がん悪液質に有効な新しい治療法の開発につながることが期待されます。

今後の展開 
 現在、がん悪液質でみられる筋肉の減少を劇的に改善することができる治療法はありません。今回の発見は、がん悪液質に対する新たな治療法開発をめざすうえで、非常に重要な一歩となります。他の疾患に目をむけると、IL36受容体やCD38に対する抗体医薬が炎症性疾患や血液がんの治療にすでに使われています。今後、ドラッグ・リポジショニング※4により、ヒトでの安全性と体内動態が確認されているこれらの治療薬を、がん悪液質の治療に応用することができれば、新しい治療法の開発にかかる時間やコストを大幅に削減できる可能性があります。

論 文
タイトル: IL36G-producing neutrophil-like monocytes promote cachexia in cancer
(IL36Gを産生する好中球様単球が、がん悪液質を引き起こす)

著  者: Yoshihiro Hayashi1,2,4*, Yasushige Kamimura-Aoyagi1,4, Sayuri Nishikawa1, Rena Noka1, Rika Iwata1, Asami Iwabuchi1, Yushin Watanabe1, Natsumi Matsunuma1, Kanako Yuki1, Hiroki Kobayashi1, Yuka Harada3, and Hironori Harada1*
(林 嘉宏、上村-青栁 泰成、西川 さゆり、納家 礼奈、岩田 倫果、岩渕 麻美、渡邊 優心、松沼 菜摘、結城 加奈子、小林 大貴、原田 結花、原田 浩徳)

1 Laboratory of Oncology, Tokyo University of Pharmacy and Life Sciences, Tokyo, Japan
2 Laboratory of Cancer Pathobiology and Therapeutics, Ritsumeikan University, Shiga, Japan
3 Clinical Research Support Center, Tokyo Metropolitan Cancer and Infectious Diseases Center, Komagome Hospital, Tokyo, Japan
4 Contributed equally
* Corresponding authors

掲 載 誌: Nature Communications
研 究 費: 本研究は科研費(22K19462)の支援を受けて実施しました。


用語解説
※1 サイトカイン
細胞同士のコミュニケーションに関わるタンパク質。免疫細胞が産生・分泌するサイトカインは炎症を誘発する作用などを持つ。

※2 RNAシークエンシング
核酸の配列を高速かつ大量に解読することができる次世代シークエンサーを用いて、細胞内の遺伝子発現量(メッセンジャーRNA量)を網羅的に調べる方法。

※3 フローサイトメトリー
一列にならべた流体中の細胞にレーザー光を当てて、反射する光情報を測定する技術。

※4 ドラッグ・リポジショニング
特定の疾患においてヒトでの安全性や体内動態が確認された既承認薬から、別の疾患に対する新たな薬効を見いだし、治療薬として開発する方法。



お問い合わせ先
研究担当者:
立命館大学 薬学部 教授  林 嘉宏
E-mail:yshrhys@fc.ritsumei.ac.jp
東京薬科大学 生命科学部 教授 原田浩徳
E-mail:hharada@toyaku.ac.jp
          
広報担当者:
東京薬科大学 入試・広報センター 広報担当
Tel:042-676-4921 E-mail:kouhouka@toyaku.ac.jp
立命館大学 広報課
Tel:075-813-8300 E-mail:r-koho@st.ritsumei.ac.jp



【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/



プレスリリース詳細へ https://digitalpr.jp/r/94965
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