和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2024年04月27日(土)

長期宇宙滞在ミッションに伴うヒト血清プロテオーム変化を解明



 横浜市立大学先端医科学研究センター プロテオーム解析センター 木村弥生准教授、井野洋子特任助教、中居佑介共同研究員、大平宇志共同研究員、同大学院医学研究科 運動器病態学 熊谷研准教授、ライオン株式会社 江頭健二研究員らの研究グループは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などとの共同研究で、国際宇宙ステーション(ISS)での長期宇宙滞在ミッションに携わった宇宙飛行士の血清プロテオーム大規模解析を行いました。
 6人の宇宙飛行士から宇宙飛行前(3ポイント)、軌道上ISS滞在中(4ポイント)、宇宙飛行後(5ポイント)の計12ポイントで採取した血清について、包括的なヒト血清プロテオーム解析*1を行い、ISS滞在中および地球帰還後に生じる血清プロテオームプロファイル変化を明らかにしました。その結果、長期宇宙滞在ミッションに伴い変動するタンパク質を明らかにし、長期間の軌道上ISS滞在が生体内に及ぼす影響や生体内適応メカニズムを理解するための新たな知見を得ることができました。
 本研究成果は、科学雑誌「Proteomics」(令和6年1月7日オンライン版)に掲載されました。
 なお、本研究はJAXAの平成27年度「きぼう」利用フィジビリティスタディテーマ募集(国の戦略的研究募集区分)に採択され、ISS・「きぼう」を利用した骨粗鬆症に係わるタンパク質の臨床プロテオーム研究(Medical Proteomics)の一環として実施しました。
https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/subject/life/70692.html
 


研究成果のポイント
・長期宇宙滞在ミッションに伴い、血清プロテオームプロファイルが変化することを明らかにした。
・長期宇宙滞在に伴い量的変動を示す血清タンパク質の中には、その影響が地球帰還直後に回復するタン
 パク質と、1ヶ月程度継続するタンパク質が存在する。
・血清COL1A1、ALPL、SPP1、POSTN量は、長期宇宙滞在ミッションによって誘発される宇宙飛行士の
 骨代謝の客観的指標としても役立つ可能性がある。


研究背景
 宇宙空間では、微小重力、宇宙放射線、高濃度二酸化炭素、閉鎖環境に伴うストレスなど、さまざまな要因によって健康な組織の機能が低下することがあり、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在する多くの宇宙飛行士は、長期宇宙滞在ミッションに伴う様々なリスクに直面しています。しかし、宇宙飛行士の身体内において誘発される生物学的適応に関連するメカニズムは、ほとんど解明されていません。したがって、宇宙飛行がヒト体内に及ぼす影響を分子レベルで理解し、微小重力等への適応反応を抑制する対策を講じることは、長期の宇宙飛行ののち、地球外惑星に着陸するミッションを成功させるためにも不可欠です。
 血液は全身を循環し、様々な組織・細胞から分泌または放出されたタンパク質を多く含むため、血液中のタンパク質を網羅的に調べることで生体内の状態を推定することができます。そこで本研究では、宇宙飛行士から宇宙飛行前、軌道上ISS滞在中、さらには宇宙飛行後と経時的に血清を採取し、プロテオーム解析技術による網羅的な解析により、長期宇宙滞在ミッションに伴う血清タンパク質の量的変動を明らかにすることで、長期宇宙滞在ミッションの影響を受けた生体内組織・細胞に生じる様々な変化に関連するタンパク質を検出できると考えました。


研究内容
 宇宙飛行前に比べて長期ISS滞在後に骨量減少傾向を示した6人の宇宙飛行士から、宇宙飛行前(3ポイント)、ISS滞在中(4ポイント)、宇宙飛行後(5ポイント)の計12ポイント(図1)で血清サンプルを採取し、包括的なプロテオーム解析を行いました。その結果、合計72の血清サンプルからデータを取得し、溶血の影響により定量解析に利用できなかった2サンプルを除く合計70の血清サンプルのデータを用いた主成分分析から、血清プロテオームプロファイルは採血ポイント毎に異なることが明らかになりました(図2)。
 また詳細な解析の結果、ISS滞在直後(F1)に血清中量の減少を示したタンパク質(細胞接着・細胞外マトリックス構成関連タンパク質を含む)のほとんどは、ISS滞在1ヶ月後(F2)には宇宙飛行前(Pre)のレベルにまで回復しており、このような減少反応の多くは一過性のものであることがわかりました。一方で、ISS滞在直後(F1)に血清中量の増加を示したタンパク質(自然免疫応答関連タンパク質を多く含む)の多くは、宇宙飛行直後(Post)に宇宙飛行前(Pre)のレベルまで減少しました。これらタンパク質の量的変動は、打上げに伴うストレス応答や宇宙空間での微小重力などの宇宙環境ストレスに対する生体内組織・細胞の適応機構を反映している可能性がありますが、その影響は一過性であると考えられました。また長期宇宙滞在に伴い量的変動を示す血清タンパク質の中には、その影響が地球帰還直後に回復するタンパク質と、1ヶ月程度継続するタンパク質が存在することが明らかになりました。さらに骨代謝関連タンパク質*2(COL1A1、ALPL、SPP1、およびPOSTNなど)の血清レベルは、長期宇宙滞在ミッションにおける骨代謝状態を示す客観的指標として機能する可能性があります(図3)。


今後の展開
 本研究は、長期宇宙滞在ミッションに伴う生体内適応メカニズムに関する新たな知見の発見につながり、宇宙飛行士の健康リスク増加を予測できる客観的指標の発見に貢献することが期待されます。また今後は、本研究成果を骨量減少や筋萎縮に係わるタンパク質の探索にも活用し、臨床応用を目指します。



[画像1]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/82350/650_241_2024012611065265b313bc86964.jpg

図1 宇宙飛行士血清試料採取スケジュール
6名の宇宙飛行士から宇宙飛行前3ポイント(Pre1、Pre2、Pre3)、ISS滞在中4ポイント(F1、F2、F3、F4)、宇宙飛行後5ポイント(Post1、Post2、Post3、Post4、Post5)で採血した。採血実施日は、宇宙飛行前・ISS滞在中は打上げ日(L)から数えた日数(d)、宇宙飛行後は地球への帰還日(R)から数えた日数(d)を、全宇宙飛行士の中央値[最小-最大]で示す。


[画像2]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/82350/650_488_2024012611092865b3145897b51.jpg

図2 宇宙飛行士血清プロテオーム解析データを用いた主成分分析

A, 全行程、B, ISS滞在直後(#F1:黄)とISS滞在後の地球帰還直前(#F4:赤)、C, ISS滞在中(#F:赤)と地上(宇宙飛行前後, #Preと#Post:青)。






[画像3]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/82350/450_672_2024013011212765b85d27e9a6e.jpg



図3 長期宇宙滞在ミッションに伴うヒト血清タンパク質の経時的発現変動
左:正規化されたイオン量の中央値±SD、右:6人の宇宙飛行士毎の正規化されたイオン量。


論文情報
タイトル:Changes in the astronaut serum proteome during prolonged spaceflight
著者:Yayoi Kimura, Yusuke Nakai, Yoko Ino, Tomoko Akiyama, Kayano Moriyama,
Tatsuya Aiba, Takashi Ohira, Kenji Egashira, Yu Yamamoto, Yuriko Takeda, Yutaka Inaba,
Akihide Ryo, Tomoyuki Saito, Ken Kumagai, Hisashi Hirano
掲載雑誌:Proteomics
DOI:https://doi.org/10.1002/pmic.202300328



[画像4]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/82350/400_77_2024012611182365b3166f63159.jpg






用語説明
*1 血清プロテオーム解析:特定の細胞・組織において、特定の条件下で発現している全てのタンパク質をプロテオームとよびます。血清中に発現しているタンパク質を酵素によりペプチドに断片化し、質量分析装置を用いてペプチドの質量を正確に測定し得られたデータを、タンパク質のアミノ酸配列から推定される理論値と比較することにより、タンパク質を特定することができます。また、それと同時に各ペプチドのイオン量を用いて、血清中に存在しているタンパク質量を網羅的に定量解析することが可能です。

*2 骨代謝関連タンパク質:骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収のバランスを保ち、骨量維持に関与するとされているタンパク質。







プレスリリース詳細へ https://user.pr-automation.jp/r/82350
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