和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2024年12月22日(日)

世界遺産追加登録に期待 紀伊路の千里や切目が国史跡に

伝統的な春日造りの本殿が立つ「千里王子跡」(和歌山県みなべ町山内で)
伝統的な春日造りの本殿が立つ「千里王子跡」(和歌山県みなべ町山内で)
昔の雰囲気が残る「千里王子跡北東参詣道」
昔の雰囲気が残る「千里王子跡北東参詣道」
 和歌山県みなべ町山内の「千里王子跡」や印南町西ノ地の「切目王子跡」など熊野古道紀伊路の王子跡や古道5カ所が、国の史跡に追加指定される見通しとなり、地元の関係者らは「保全や活用への弾みになる」と喜ぶ。世界遺産への追加登録にも期待する。


 国の文化審議会が17日、追加指定を文部科学大臣に答申した。熊野古道紀伊路の5カ所は千里王子跡と切目王子跡のほか、千里王子から三鍋王子跡に向けての「千里王子跡北東参詣道」(みなべ町山内、約180メートル)、鹿ケ瀬峠(日高町原谷、996・3メートル)、逆川王子跡(湯浅町)。いずれも県の文化財(史跡)に指定されている。

 千里王子跡は、景勝地「千里の浜」のほぼ中央にあり、延暦年間(782~806)に創建されたと伝えられる。藤原定家が後鳥羽上皇の参詣に随行した際の日記「熊野御幸記」に記され、「貝の王子」としても紹介される。現在の本殿は、安永5(1776)年に再建された。明治期に覆屋の屋根はかやぶきから銅板に替わったが、伝統的な春日造りで今でも厳かな雰囲気が漂う。

 その王子跡の北東に流れる川沿いに、千里王子跡北東参詣道がある。紀伊路では数少ない土のままの熊野古道で、昔の雰囲気が残っている。

 切目王子跡は、熊野九十九王子の中でも格式ある五体王子の一つ。熊野詣でが盛んだった平安から鎌倉時代にかけては中継遥拝所で、天皇や上皇、法皇、女院、武人、文人墨客が参詣したとされる。本殿は木造春日造り檜皮(ひわだ)ぶき。

 みなべ町の魅力を伝える、みなべ観光ガイドの会の松本美小夜さん(76)=みなべ町東吉田=は「本当にうれしい。誇れる宝がみなべにあるということを子どもたちに伝え、守っていかなければと思う」、切目王子跡の保全に取り組む「ふるさとの歴史を学ぶ会」会長の寺下鎮雄さん(77)=印南町西ノ地=は「ようやく認めてくれうれしい。町の人も価値を知らな過ぎる。まずは子どもに知ってもらわなければいけない。史跡指定はいいきっかけになる」と喜ぶ。

 紀伊路では既に海南市の「藤白王子跡」「藤白坂」「藤代塔下王子跡」「一壺王子跡」、有田市の「糸我峠」、広川町の「河瀬王子跡」「鹿ケ瀬峠」、御坊市の「塩屋王子跡」「愛徳山王子跡北東参詣道」、田辺市の「芳養王子跡」の10カ所が国の史跡に指定されている。これらとともに千里王子跡など5カ所も世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」への追加登録に期待がかかる。松本さんは「世界遺産への追加登録に向け、みんなで声を上げていければと思う」、寺下さんは「切目王子は熊野参詣道の守り神で、紀伊路の他の王子跡や参詣道とともに歴史的価値は高い。先の登録地と同じ価値があり、ぜひとも登録してもらいたい」と話す。