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2025年01月31日(金)
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【学習院大学】カイコガ科の野生種イチジクカサンの高精度ゲノムアノテーション情報を公開



ポイント 
●イチジクカサン(Trilocha varians)はカイコと同じカイコガ科に属する小型蛾類です。本研究では、イチジクカサンのゲノム情報を整備しました。
●研究に用いたイチジクカサン系統は、ゲノムの99.9%以上が個体間で一致しており、高度の純系化した系統であるということがわかりました。
●イチジクカサンのゲノムでは、カイコでは第11染色体上に存在する、核小体形成領域(NOR)が第20染色体上にあることが判明しました。
●実験動物としてのイチジクカサンの利用を促進するため、ゲノムデータに生物学的な注釈をつけました(アノテーション情報整備)。
●アノテーション情報を利用することで同じカイコガ科のカイコとの生理的・生態的相違を生み出す遺伝子基盤を明らかにすることが期待されます。






■研究の概要 
学習院大学理学部生命科学科の李允求助教、同嶋田透教授、岩手大学の藤本章晃特別助教(現所属:九州大学)、同佐原健教授、基礎生物学研究所の山口勝士主任技術員、同重信秀治教授らの研究グループは、2024年6月に同グループが発表したイチジクカサンの染色体スケールのゲノムアセンブリに対して、生物学的な注釈づけを行いました。このイチジクカサン系統は、2010年に石垣島(沖縄県石垣市)で捕獲された個体から樹立した系統であり、およそ百数十世代の長期累代による近交系です。この系統のゲノムを解析したところ、高度に純系化が進んでいることが判明し、さらにカイコでは第11染色体上に存在する核小体形成領域(NOR)が、イチジクカサンでは第20染色体上に存在することが明らかになりました。また、遺伝子モデルの構築やゲノム編集ツールの適用を見据えたオープンクロマチンアッセイ※1など、イチジクカサンゲノムのアノテーション情報を整備しました。



本研究成果は、2025年1月21日に国際学術誌「Scientific Data」に掲載されました。

■研究の背景

イチジクカサンは、ガジュマルの害虫として知られており、日本では2001年に初めて、沖縄県に生息していることが報告されました。イチジクカサンは、カイコと同様にカイコガ科の昆虫であるにもかかわらず、食性、休眠性、性フェロモンの組成など様々な点でカイコとは性質が異なります。そのため、イチジクカサンはカイコガ科の進化を研究する上で格好の材料といえます。また、世代間隔が1ヶ月弱であり、その点においてはモデル生物であるカイコ(世代間隔は2ヶ月弱)よりも実験動物として優れています。モデル生物としてのイチジクカサンの利用促進のために、ゲノム情報の整備が望まれていました。


■研究の内容

2024年6月に同研究グループが発表したイチジクカサンゲノムを用いて解析を行ったところ、ゲノムのホモ接合性※2が極めて高く、99.9%以上がホモ化していることが判明しました。そのため、このイチジクカサン系統は遺伝的に均一な集団であり、遺伝学の実験材料に適しているということが改めて確かめられました。



イチジクカサンのゲノムは、カイコのゲノムとほとんど同じ構造を有していますが、カイコでは第11染色体上に存在する核小体形成領域(NOR)が、イチジクカサンでは第20染色体上に存在することが明らかになりました。NORが転座※3した痕跡は見られないため、カイコとイチジクカサンにおいては、それぞれ独立にNORがゲノム中で発達したと考えられます。


■今後の展開
イチジクカサンはカイコとは異なり、休眠することなく1年中世代が更新し続けます。また、カイコの食草であるクワを食べて成長することはできず、ガジュマルを主たる寄主植物としています。さらに、カイコが性フェロモンとして利用しているボンビコールという成分には誘引されず、官能基が異なるボンビカール、ボンビキルアセタートに誘引されることが明らかになっています。今回整備されたアノテーション情報を利用することによって、上記のようなカイコとの生理的・生態的相違を生み出す遺伝子基盤を明らかにすることができると期待されます。


■発表者
李允求 学習院大学 助教
藤本章晃 岩手大学 特別助教:発表当時 現:九州大学 学術研究員
山口勝士 基礎生物学研究所 主任技術員
重信秀治 基礎生物学研究所 教授
佐原健 岩手大学 教授
嶋田透 学習院大学 教授


■論文情報
論文名:Comprehensive genome annotation of Trilocha varians, a new model species of Lepidopteran insects
雑誌:Scientific Data
著者名:Jung Lee, Toshiaki Fujimoto, Katsushi Yamaguchi, Shuji Shigenobu, Ken Sahara, Toru Shimada
DOI:10.1038/s41597-025-04411-3

■研究助成
本研究はJSPS科学研究費助成事業(J18H03949,20K15535,24K17900)の支援を受けて実施されました。

■用語解説
※1 オープンクロマチンアッセイ
クロマチンとは、DNAとヒストンタンパク質の複合体のことを指す。一般的に、クロマチンは、遺伝子発現が抑制されているようなゲノム上の領域では凝集の度合いが強く、逆に遺伝子発現が活発な領域では凝集の度合いが弱く、緩んでいるとされる。オープンクロマチンアッセイとは、遺伝子発現が比較的活発な、クロマチンがほどけて存在している領域を検出する手法である。

※2 (ゲノムの)ホモ接合性
一般的には、ある遺伝子座について、同じ対立遺伝子を有することをホモ接合と呼ぶ。しかし、「ゲノム(全体)のホモ接合性が高い」と表現する場合には、両親に由来する2個のハプロタイプが、遺伝子領域に限らずほとんど同一であることを指す。集団のホモ接合性が極度に高い状態では、個体間の遺伝的な差異がほとんど存在せず、このような集団(あるいは系統)を純系と呼ぶ。

※3 転座
染色体の一部がちぎれ、その他の領域に移ってしまう現象を指す。同じ染色体の場合もあれば、全く異なる染色体の場合もある。ヒトにおいて転座が起こった場合には疾患の原因になることもあり、例えば慢性骨髄性白血病の患者では、9番染色体と22番染色体の相互転座が認められる。




▼本件に関する問い合わせ先
学長室広報センター
TEL:03-5992-1008
FAX:03-5992-9246
メール:koho-off@gakushuin.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/



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