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2024年10月05日(土)

マツダ『ロードスター』開発主査が“目標”にしたドイツ車とは?「いつかは超えてやろう」

BS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』より (C)BS日テレ
BS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』より (C)BS日テレ
 お笑いコンビ・おぎやはぎがMCを務めるBS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』(毎週土曜 後9:00)が、きょう5日に放送される。今回は、スピンオフ企画「Mr. ロードスターが語る!いとしのロードスターSHOW」を送る。

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 今回のゲストは、2代目、3代目のマツダ『ロードスター』の開発主査を務め、『RX-7』などの開発に長年携わった元エンジニアの貴島孝雄氏。5月11日の放送で、貴島氏が“Mr.ロードスター”と呼ばれるに至る経緯や、“鬼の鬼島(きじま)”とも称された妥協を許さない開発姿勢などを紹介したが、今回は実際に開発した車をあらためて振り返ってもらう。

 初代『ユーノス ロードスター』は、バブル期のど真ん中の1989年に誕生。今年デビュー35周年を迎え、4代目となった今も世界中で売れ続ける、ライトウェイト・スポーツカーの超人気モデルだが、貴島氏は「すんなり生まれたわけじゃないんですよ」と振り返る。

 先代の開発主査・平井敏彦氏の熱意、経営陣を説得するためのコストカットは、意外なパーツにも及んだ。しかし、こだわるところには金をかける。そんな魂を込めて誕生した初代は、40万台という大ヒットを飛ばした。「平井さんがいなかったら私もいないし、ひょっとしたら今のマツダも…。マツダ商品のセンターに『ロードスター』がいますから」と先代の功績を称えつつ、貴島氏も胸を張る。久々にハンドルを握った小木も「誰もが楽しいクルマということで仕上げられているんだな」と感心しきりだ。

 参考にしたのは、ポルシェだった。「ドイツ車はクルマと人とのコミュニケーションが凄いんです」と貴島氏。「マツダにはドイツの市場で評価されないクルマはダメだという考えがあった」とも。貴島氏は「私のリスペクトする性能の目標でした。いつかはポルシェの味を超えてやろう」と話し、憧れであり、ライバルだった1台が登場する。



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提供:oricon news