自閉症の新たな治療標的として未成熟な脈絡叢を同定~メトホルミンによる自閉症モデルマウスの治療に成功
【ポイント】
■ 自閉症は脳の発達との関連で研究されてきたが、脳より先に成熟する脈絡叢との関連は不明であった
■ 自閉症モデルマウスは多繊毛や密着結合に関与する遺伝子の発現低下など未成熟な脈絡叢の特徴を示す
■ 生後早期(臨界期前)のメトホルミン投与により、自閉症モデルマウスの脈絡叢成熟と社会性行動が回復する
■ 自閉症患者iPS細胞由来の脈絡叢のミニ臓器(オルガノイド)は未成熟を示す
■「未成熟な脈絡叢」を標的とした自閉症の新規治療法の確立へ道を拓くことが期待される
【 概 要 】
自閉症などの発達障害を含む精神疾患の研究は、社会的な要請もあり重要な研究課題となっています。従来から神経細胞やグリア細胞の異常など脳内の研究は数多く行われてきました。しかし、脈絡叢(脳より先に成熟して脳の発生に重要な栄養やホルモンを含む脳脊髄液を産生する組織)との関連は不明でした。
この度、東京薬科大学生命科学部の田邉基大学院生(研究当時)、同・福田敏史講師のグループは、発達障害の発症と関連するCAMDI遺伝子を全身の細胞で欠損したマウスの脳において遺伝子発現の変化を解析しました。その結果、多繊毛形成や甲状腺ホルモンとレチノイン酸の運搬に必要な遺伝子に加えて、脳脊髄液関門や臨界期を制御する遺伝子などの発現が減少していたことから、それらの遺伝子を発現する組織である脈絡叢が未成熟であることを見出しました。脈絡叢上皮細胞のみでCAMDI遺伝子を欠損したマウスを作製したところ、未成熟な脈絡叢に加えて社会性行動の低下を含む自閉症様の行動が認められました。また、胎生期に薬剤を投与することで作製できる2種類の自閉症モデルマウス(バルプロ酸モデル、母胎内免疫活性化モデル)においても同様に未成熟な脈絡叢が確認されました。これらのマウスに2型糖尿病治療薬メトホルミンを生後の社会性臨界期の前(生後早期)に投与したところ、脈絡叢の成熟に加えて臨界期の正常化を含む社会性行動の回復が認められました。さらに、自閉症患者由来のiPS細胞を用いて脈絡叢のミニ臓器(オルガノイド)を作製したところ、同様に未成熟な脈絡叢を示すことが明らかとなりました。
これらの結果は、自閉症の治療標的の1つが「未成熟な脈絡叢」である可能性を示した成果であり、新たな治療法の確立に道を拓くことが期待されます。
■発表雑誌■
雑誌名:Cell Reports (Cell press社)
論文名:Role of immature choroid plexus in the pathology of model mice and human iPSC-derived organoids with autism spectrum disorder
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2024.115133
■発表者■ 東京薬科大学 生命科学部 再生医科学研究室
福田敏史 E-mail:tfukuda@toyaku.ac.jp
TEL:042-676-5136
【 研究背景・経緯 】
精神疾患とは、生まれながらの心や脳の特性(個性)が日常生活に支障をきたす疾患です。代表例として統合失調症や自閉症、注意欠陥多動性障害、学習障害等の発達障害が挙げられます。がん、脳卒中、糖尿病、虚血性心疾患に並ぶ5大疾患の1つとして認定されていますが、詳細な発症メカニズムの解明や治療法の確立は未だ不十分です。
自閉症は社会性の低下やコミュニケーションの障害を含む疾患です。社会性などの高次機能を担う大脳皮質の発生は胎児期に形成が行われて生後早期まで成熟過程が続きます。従来から自閉症の研究としては、大脳脂質の神経細胞におけるシナプス形成や興奮性・抑制性神経のバランスの欠如、グリア細胞やミエリンを形成するオリゴデンドロサイトなどに関する報告が多くを占めています。一方で、大脳の内側に存在する脳室には脈絡叢と呼ばれる組織が存在しており、胎生期における大脳の発生期には甲状腺ホルモンやレチノイン酸を運搬する因子や神経栄養因子などを豊富に含む脳脊髄液を産生します。脈絡叢は大脳の発生より先に機能的な成熟をするにも関わらず、自閉症などの精神疾患と関連させる研究はほとんど行われていませんでした。
2010年に精神疾患関連蛋白質DISC1に結合する新規蛋白質CAMDI (Coiled-coil protein Associated with Myosin IIa and DISC1)の発見を報告しました。CAMDIは胎生期の大脳皮質で発現が認められ、細胞内において中心体で局在が認められること、発現阻害により大脳皮質神経細胞の移動異常を示すことを明らかにしました。また、CAMDI遺伝子は染色体上の自閉症の原因領域の一つである2q31.2に存在します。そこで全身の細胞でCAMDI遺伝子を欠損するマウスを作製したところ、神経細胞移動の遅延、HDAC6の過剰活性化を伴う中心体の未成熟に加えて自閉症様の行動を示しました。さらに胎生期にHDAC6特異的阻害剤の投与を行ったところ、神経細胞移動の遅延が回復し自閉症様行動が改善しました。その一方で、自閉症様行動の原因が脳内の神経細胞の移動異常だけで説明できるのか、という「問い」が生じたことから、そのほかの組織の機能や現象へのCAMDIの関与が示唆されていました。
【 研究内容 】
本研究では、自閉症に共通して機能低下を示す組織を詳細に解析することで、自閉症の発症要因の解明や治療上的を明らかにすることを目的としました。全身の細胞でCAMDI遺伝子を欠損したマウスの大脳を用いて網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、脳より先に成熟する脈絡叢で発現する遺伝子が大幅に減少していることを見出しました。そこで、脈絡叢上皮細胞で特異的にCAMDI遺伝子を欠損させたマウスを作製したところ、社会性行動の低下が確認されました。このマウスは多繊毛形成遺伝子や甲状腺ホルモンやレチノイン酸を運搬するトランスサイレチン遺伝子に加えて、脳内への異物混入を妨げる脳脊髄液関門を構成するZO-1遺伝子などの発現が減少し脳脊髄液関門が機能的に破綻していました。一方で、炎症を示すサイトカインなどの遺伝子発現の上昇が認められました。また、脈絡叢で発現するOtx2遺伝子は、脳内に働きかけて抑制性神経細胞であるパルブアルブミン(PV)陽性細胞の成熟を促すことで、生後早期の限られた時期に刺激を受けることで能力を獲得できる可塑性のある時期(臨界期)を制御することが知られています。脈絡叢特異的CAMDI遺伝子欠損マウスは、未成熟な脈絡叢になることでOtx2遺伝子の発現が減少しており、その結果PV陽性細胞の成熟や臨界期が遅延することで社会性行動の低下を示すことが明らかとなりました。
既知のデータベースとの照合により、自閉症関連遺伝子の多くが脈絡叢で発現していることが明らかとなりました。そこで脈絡叢の未成熟が自閉症に共通する病理であることを確認するために、一般的に用いられている2種類の自閉症モデルマウス(胎生期に母体にバルプロ酸を投与するVPAマウス、並びにpoly(I:C)を投与して母胎内免疫を活性化するMIAマウス)を用いて検証を行いました。その結果、2種類の自閉症モデルマウスとも脈絡叢の成熟に関連する遺伝子や脳脊髄液関門に関連する遺伝子が減少した未成熟な脈絡叢であることに加えて、炎症に関連する遺伝子の増加が認められました。さらに自閉症患者iPS細胞を用いて脈絡叢のミニ臓器(オルガノイド)を作製したところ、モデルマウス同様の未成熟な脈絡叢を示すことが明らかとなりました(図1)。
脈絡叢の未成熟を改善することで社会性行動が回復するかを検証しました。2型糖尿病治療薬のメトホルミンを社会性の生後早期(臨界期の前、生後7日目から21日目)の脈絡叢特異的CAMDI遺伝子欠損マウスおよび自閉症モデル(VPA, MIA)マウスに投与したところ、脈絡叢の成熟、並びに臨界期の正常化を含む社会性行動の回復が認められました(図2)。
【 今後の展開 】
「未成熟な脈絡叢」が自閉症に普遍的な病理であるのか、の検証が待たれます。メトホルミンは既に「2型糖尿病治療薬」の治療薬として認可されている薬剤です。このことは、適応を拡大すること(ドラッグ・リポジショニング)により自閉症の治療薬として使用できる可能性があります。また、生後早期の「未成熟な脈絡叢」を標的とした自閉症の新たな治療法の確立が期待されます。
概念図
(上段)自閉症モデルマウスや脈絡叢特異的CAMDI欠損マウスは、脈絡叢が未成熟であり社会性の低下を含む自閉症様の行動を示します。また、自閉症患者iPS細胞由来の脈絡叢のミニ臓器(オルガノイド)も未成熟を示します。
(下段)生後早期の臨界期前にメトホルミンを投与することで、自閉症モデルマウスや脈絡叢特異的CAMDI欠損マウスの脈絡叢は成熟します。脳脊髄液関門の機能が正常化して炎症が低下するとともに社会性が回復しました。
図1 自閉症患者iPS細胞由来の脈絡叢オルガノイドは未成熟である
健常者のiPS細胞に由来する脈絡叢オルガノイド(PB004#1)と比較して、自閉症患者のiPS細胞に由来する脈絡叢オルガノイド(HPS2959, HPS2612)では、脈絡叢分化・成熟を示すトランスサイレチン(TTR、緑)の発現が減少していました。Hoechst(青)は細胞核を染色しています。
図2 生後早期のメトホルミン投与による社会性の回復
(A) 社会性試験の概要
初対面のマウス1に対して5分間の匂い嗅ぎ行動の時間(Sniffing time)を3回測定します。時間が短いほど社会性が低下していることを示します。同一マウスに対して2, 3回目になると慣れてくるため、探索時間は減少します。60分後に別の初対面のマウス2に対して4回目の試験を行います。マウス1とマウス2の違いを認知できれば、改めて探索する必要が生じるため匂い嗅ぎ行動の時間が増加します。
(B)脈絡叢特異的CAMDI欠損マウス(ChP-KO)
(C)自閉症モデル(胎生期に母体にバルプロ酸を投与したVPA)マウス
(D)自閉症モデル(胎生期に母胎内免疫を活性化したMIA)マウス
マウスの社会性臨界期は生後21日目から35日目に存在することが知られています。生後7日目(体毛生え始め)から21日目(離乳時期)までの間にメトホルミンを投与し、その後は生後56日目まで投与なしで通常に飼育した後に行動試験を行いました。(B)〜(D)のいずれのマウスも社会性が低下しています(--●--)。メトホルミン投与後(--▲--または--■--)では正常のマウス(実線で表記)と同程度まで社会性が回復しました。
▼本件に関する問い合わせ先
入試・広報センター
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:042-676-4921
FAX:042-676-8961
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
プレスリリース詳細へ https://digitalpr.jp/r/101987