広がれ被災地支援の輪 梅の郷救助隊がネットで活動発信
みなべ町の民間災害ボランティア団体「紀州梅の郷救助隊」(尾﨑剛通隊長)は、活動の輪を広げようとインターネットを使ったり、チラシを作ったりして活動内容などを発信している。制服を新調し、「隊員証」としてピンバッジも作り、被災地支援への決意を新たにしている。
梅の郷救助隊は1995年1月にあった阪神大震災の際、消防団員だった尾﨑隊長(72)が、団員として現地に行くことが認められずに歯がゆい思いをしたことから、民間で活動することを決意し、知人らに呼び掛けて発足した。現在の隊員数は、被災地で炊き出しをする「梅ママ隊」や賛助隊員も含め約150人。「誰もやらないからやるのではなく、誰もやらなくともやる」をモットーに、全国各地の地震や津波、風水害などの被災地に赴き、支援活動を続けている。新型コロナウイルスの感染拡大により、ここ2年間はできていないが、これまで17県29市町村に計56回出動している。
支援活動以外に講演も続け、2011年3月にあった東日本大震災の後にはブログ、20年にはホームページを開設。昨年10月下旬からは動画投稿サイト「ユーチューブ」を活用し、活動の紹介や尾﨑隊長の決意、南海地震を見据えて今からできることなどを配信している。12月からは町などが作成した防災啓発の冊子なども紹介している。
チラシとポスターは昨年夏に製作。町内外の公共施設や機関、店舗などに置いたり、張ったりしてもらっている。
ネット配信は事務局員の衣川聖子さん(39)=広川町=が担当しており「幅広く情報を発信し、とりわけ若い人に関心を持ってもらいたい」という。事務局長の鳴川勝さん(58)=日高川町=は「県内にも民間災害ボランティア団体があることを知ってもらいたい。被災地のためにできることから行動に移してもらえるきっかけになればと思う」と呼び掛ける。
制服は1月に新調した。3代目でサーモンピンク色。梅干しの色をイメージした初代に近い色だが、より鮮やかで機能的になっている。これまで同様に背中と左胸に「紀州梅の郷救助隊」の文字が入っている。
ピンバッジは昨年夏に300個作った。直径2センチで、梅の花をイメージしてデザインした紀州梅の郷救助隊のマークが基になっている。
尾﨑隊長は「たとえ微力であっても無力ではないという思いを持ち、自主的に自己責任で活動している。制服の新調やピンバッジの製作でそんな初心の志を思い出し、気を引き締めたい」と話している。
梅の郷救助隊は1995年1月にあった阪神大震災の際、消防団員だった尾﨑隊長(72)が、団員として現地に行くことが認められずに歯がゆい思いをしたことから、民間で活動することを決意し、知人らに呼び掛けて発足した。現在の隊員数は、被災地で炊き出しをする「梅ママ隊」や賛助隊員も含め約150人。「誰もやらないからやるのではなく、誰もやらなくともやる」をモットーに、全国各地の地震や津波、風水害などの被災地に赴き、支援活動を続けている。新型コロナウイルスの感染拡大により、ここ2年間はできていないが、これまで17県29市町村に計56回出動している。
支援活動以外に講演も続け、2011年3月にあった東日本大震災の後にはブログ、20年にはホームページを開設。昨年10月下旬からは動画投稿サイト「ユーチューブ」を活用し、活動の紹介や尾﨑隊長の決意、南海地震を見据えて今からできることなどを配信している。12月からは町などが作成した防災啓発の冊子なども紹介している。
チラシとポスターは昨年夏に製作。町内外の公共施設や機関、店舗などに置いたり、張ったりしてもらっている。
ネット配信は事務局員の衣川聖子さん(39)=広川町=が担当しており「幅広く情報を発信し、とりわけ若い人に関心を持ってもらいたい」という。事務局長の鳴川勝さん(58)=日高川町=は「県内にも民間災害ボランティア団体があることを知ってもらいたい。被災地のためにできることから行動に移してもらえるきっかけになればと思う」と呼び掛ける。
制服は1月に新調した。3代目でサーモンピンク色。梅干しの色をイメージした初代に近い色だが、より鮮やかで機能的になっている。これまで同様に背中と左胸に「紀州梅の郷救助隊」の文字が入っている。
ピンバッジは昨年夏に300個作った。直径2センチで、梅の花をイメージしてデザインした紀州梅の郷救助隊のマークが基になっている。
尾﨑隊長は「たとえ微力であっても無力ではないという思いを持ち、自主的に自己責任で活動している。制服の新調やピンバッジの製作でそんな初心の志を思い出し、気を引き締めたい」と話している。