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【動画】熊野修験の行者堂を再建 150年ぶりの根本道場、和歌山の世界遺産・那智山青岸渡寺

 和歌山県那智勝浦町の世界遺産・那智山青岸渡寺(高木亮英住職)が、明治初期の神仏分離に伴って取り壊された開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)をまつる「熊野修験那智山行者堂」を約150年ぶりに再建し、21日、落慶法要を開いた。35年前に熊野修験を再興し、代表を務める高木住職(73)が「集大成に」との思いで整備。「熊野修験の根本道場」として、多くの修験者の修行・研さんの場になるという。


 修験道は山岳信仰に仏教や神道などが取り入れられた日本独自の宗教で、約1300年前に役行者によって開かれ、各地の霊山へと広がった。中でも熊野は日本第一霊験所として多くの修験者が修行に訪れ、各地へ熊野信仰を広めた。

 江戸時代の終わりまで、現在の青岸渡寺と熊野那智大社は那智山と総じて人々から信仰されてきたが、明治政府が仏教と神道の厳格な分離を命じ、僧侶たちが那智山から離散。修験道廃止令により、熊野修験も途絶えた。

 高木住職は先々代の青岸渡寺住職であった父・亮孝氏の遺志をかなえたいと、1988年、熊野修験を再興。熊野から吉野を目指す「大峯奥駈修行」や那智の山中に点在する滝を巡る「那智四十八滝回峰行」といった修行が、修験者たちによって続けられている。

 かつての行者堂は現在の熊野那智大社の境内にあったが、新たな行者堂は青岸渡寺境内から本宮方面へ向かう熊野古道の出発地点のそばに再建。木造平屋の方形造りで、間口と奥行きはそれぞれ6間(約11メートル)、高さ11・36メートル、延べ床面積143平方メートル。堂内は中央に儀式を行う護摩壇があり、内陣には、もともとの行者堂にあった役行者像を修復し、本尊としてまつった。昨年11月に着工していたという。

 落慶法要には約150人が参列。高木住職が本尊の開眼をし、高木智英副住職(41)が、熊野修験最極の奥義という「柱源護摩(はしらもとごま)」を執り行った。

 高木住職は「人々の慈悲の心をよみがえらせる道場として活用していただきたい」と話していた。
世界遺産の青岸渡寺で開かれた行者堂の落慶法要(21日、和歌山県那智勝浦町那智山で)
世界遺産の青岸渡寺で開かれた行者堂の落慶法要(21日、和歌山県那智勝浦町那智山で)
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