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語り継ぐ記憶(3)/白井 慶〈しらい けい〉さん(86) 田辺市神子浜2丁目/迫る戦闘機の恐怖

白井慶
白井慶
 1945(昭和20)年、9歳の夏は引っ越し続きだった。当初は田辺市磯間に住んでいた。

 テレビもない時代。夜の楽しみは、本好きの父が語る「お話」だった。剣豪宮本武蔵が活躍する時代劇から外国の面白いエピソードまで披露してくれた。

 それを空襲警報がたびたび邪魔をする。電球のかさに布をかぶせ、光が外に漏れないようにして、声を潜めた。B29の隊列がごう音を響かせ飛んでいく。手を握ってくれていた母が「こんなことで戦争に勝てるのか」。ぼそっとつぶやいた言葉が今も耳に残る。

 母は竹やりの訓練にも参加していた。わら人形を突き抜く強さが求められるが、小柄な母には難しく、何度も怒られていたのを覚えている。

 やがて文里2丁目にあった初年兵の訓練施設「田辺海兵団」が爆撃を受け、夜空を真っ赤に焦がした。危険が迫っていると感じた父の判断で、一家は白浜町平に引っ越した。

 2歳下の妹と川遊びをした帰り道、上空からすごい速度で戦闘機が迫ってきた。地面に伏せ、妹をかばって覆いかぶさった。銃撃はなかったが、機体がすぐ間近に迫り、パイロットの顔がはっきりと見えた。冷や汗が止まらなかった。

 「おそらく、近くの富田駅を狙ったのだろう」。ここも安心はできない。一家は母方の実家を頼って、白浜町竹垣内に引っ越し、そこで終戦を迎えた。

 戦後の暮らしは貧しかった。「戦地に行っていない者も、大きな影響を受ける」。戦争について知ってもらいたいと、体験を紙芝居にまとめた。「9歳の少年が見たことを後世に伝えることができればいい」と披露の機会を待っている。

 また、田辺市新庄町の鳥ノ巣地区にある第2次世界大戦当時の特攻艇基地建設跡を保全する活動に2014年から取り組んでいる。「活動を機に特攻についていろいろな証言を聞いたが、命をみじんも考えない、許せない行為」と語気を強めた。

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