和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

人工衛星搭載の振動センサーを精密に校正

原子レベル以下の小さな振動振幅への振動センサーの応答を評価

ポイント
・ 世界最小の振動レベル(周波数6.3 kHzにおいて振幅1.4 ピコメートル)を用いて振動センサーを校正するシステムを開発
・ 人工衛星で使用される高感度振動センサーの正確さを担保し、衛星に搭載される精密機器の確実な運用に貢献
・ 本システムで校正した振動センサーが、開発中の技術試験衛星9号機(ETS-9)に搭載

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412252268-O1-VR1Lbc1B

概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)分析計測標準研究部門 音波振動標準研究グループ 穀山渉 主任研究員、下田智文 主任研究員、野里英明 研究グループ長は、世界最小の振動レベル(最小で1.4 ピコメートル)を用いて高感度振動センサーを校正するシステムを開発しました。この成果は、ノイズの影響を低減するフィッティング演算技術や計測位置自動調整機構の導入などにより達成されたものです。本システムは、三菱電機株式会社からの依頼に基づき人工衛星搭載用の高感度振動センサーの校正にも活用されており、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発中の人工衛星、技術試験衛星9号機 (ETS-9、プライムメーカ:三菱電機株式会社)には本システムで校正されたセンサーが搭載されています。

なお、この技術についての詳細は、2025年1月8日に国際度量衡局(BIPM)および英国物理学会出版局(IOP Publishing)が発行する論文誌「Metrologia」に掲載されます。

下線部は【用語解説】参照

※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250108/pr20250108.html )をご覧ください。

開発の社会的背景
宇宙空間で所定の軌道に乗った人工衛星は、一般に地上に比べて振動が少なく静かですが、太陽電池パネルを太陽に指向させる制御や、人工衛星自体の姿勢制御時に、ごくわずかな振動が発生することがあります。人工衛星搭載機器の中には振動に対して敏感なものもあるため、そのごくわずかな振動を計測し定量化する必要があります。その時に使われる高感度振動センサーは打ち上げ後の修理・交換ができないため、計測値にずれがなく正しいことを事前に確かめておく必要があります。

振動センサーの計測値がどのくらい正しいのかを評価するための最も確実な方法は、レーザーの波長を基準として振動センサーの感度と位相シフトを精密に測定することです。具体的には、レーザー干渉計で正確に測られた振動レベルを振動センサーに加え、その時の振動センサーの応答特性を評価します。これを振動センサーの一次校正と呼びます。

人工衛星搭載の高感度振動センサーは、0.1 m/s2 程度以下の小さな振動を計測するように作られているため、高感度振動センサーを一次校正する場合には、0.01 m/s2程度(地球重力の1/1000程度)の微小な振動レベルを用いる必要があります。この場合、振動振幅がピコメートルオーダーと極めて小さくなり、レーザー干渉計の信号対ノイズ比が悪化するため、一次校正が容易ではありません。

研究の経緯
産総研では、以前から振動センサーの一次校正が可能なシステムを保有しており、校正証明書も発行してきました。その際に用いられてきた通常の振動条件は、振動周波数によって違いがありますが、通常100 m/s2 程度(地球重力のおよそ10倍程度)という大きなレベルでした。この振動レベルは、おおむねロケット打ち上げ時に加わるような苛烈なものです。

近年では産業界のニーズに応えるため、低周波帯域(0.1 Hz~100 Hz)における微小振動を用いた振動センサー校正システムの開発を行ってきました(2023年5月29日 産総研プレス発表)。これまで開発したシステムは、ビル・橋などのインフラの劣化早期発見技術に用いられる振動センサーの信頼性を向上させることを目的としていました。しかし、そのシステムでは加振器の性能の制約から振動周波数範囲が100 Hz程度、振動振幅としては最小で数ナノメートルでの加振が限界でした。そのため、人工衛星に使用される振動センサーに求められる、数ヘルツ~数キロヘルツの振動周波数範囲での校正に対応することができませんでした。そこで、数キロヘルツまでの周波数帯域に対応し、より微小な振動でのセンサーの応答(周波数応答)特性が評価できるよう、新たな校正システムを開発することにしました。

研究の内容
微小振動を用いた振動センサーの一次校正を行うには、信号とノイズの分離が重要になります。微小振動では計測したい信号が非常に小さく、システム自体や周辺環境から混入するノイズが相対的に大きくなるためです。そのために開発したのが図1(a)の校正システムです。このシステムの開発にあって特に重要だったのは、①レーザー干渉計のノイズの中から微小信号を抽出する信号処理技術、②基準となるレーザー干渉計に、加振器からの信号が回り込まないようにする防振技術、③レーザーの照射位置を細かく調整できるような自動調整機構、です。

①の信号処理技術としては、われわれのグループが過去の研究で見出していた、ノイズの中から微小信号を抽出するための最適なフィッティング演算手法を適用しました。さらに、出来るだけ長時間のデータを積算したほうが、ノイズの中から小さい信号を取り出すことができるため、長時間の測定を自動積算できるような信号処理・制御システムを構築しました。②の防振技術としては、加振器とレーザー干渉計の配置を機械的に分離したり、加振器の設置防振構造を適切に選択したりすることで、振動の回り込みをできるだけ低減しました。③の自動調整機構としては、これまでの研究でレーザー照射位置に依存して計測結果が変わってしまうことが分かっていたことから、レーザーの照射位置を細かく自動調整できる二軸自動ステージを導入しました。多点計測を行うことで、依存性を検出・評価・低減するようなシステムを構築しました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412252268-O2-do2P7F2r

これらの技術開発により、振動周波数 5 Hz~6.3 kHz の範囲において、目標である 0.01 m/s2を下回る微小な振動レベルでの校正ができるようになりました。これは、振幅に換算すると最小で1.4 ピコメートルと極めて小さいものです(図1(b))。現時点で報告されている中では、この周波数帯域における一次校正として世界最小の振動レベルです。改善幅が最も大きい 6.3 kHz では、既存システム(100 m/s2)のおよそ1/40000となる、0.0022 m/s2まで低減することができました。導入した微小信号抽出技術によって、これだけの微小な振動を精密に検知できました。

今回、計測した値の不確かさを評価し、本システムが十分な性能を持っていることも確認しました。振動センサーの校正では、周波数応答特性として感度および位相シフトの2種類の計測値が得られます。不確かさ要因として、感度では17個、位相シフトでは11個の項目をリストアップしてそれぞれ定量的に見積もり、最終的な不確かさを算出しました。その結果、拡張不確かさ(k=2)として、感度で1.9%、位相シフトで 0.76°を得ました(32点の振動周波数における中央値)。人工衛星搭載等の用途で求められる不確かさは一般に数パーセントであることから、十分な性能が得られていることがわかりました。

今般、三菱電機株式会社からの依頼で、本システムを用いてETS-9へ搭載する振動センサーの特性を評価しました。計6個のセンサーを衛星運用時の実際の環境と近い振動レベルで加振し、レーザー干渉計の計測値と比較することで、必要な周波数応答特性を取得しました。これにより、軌道上でのセンサー計測値が、実際にはどれだけの振動であるのかを、打ち上げ前に正確に確認できたことになります。これらのセンサーはETS-9の構体パネル上に搭載され、太陽電池パネルの回転制御をおこなうアクチュエータなどが発生する振動の大きさを計測・評価するために利用される予定です。

今後の予定
今後は、本システムの各部分のノイズレベルをさらに下げることで、さらに微小な振動による振動センサーの校正に取り組みます。これにより、人工衛星の精密振動計測をはじめとした、さまざまな分野における微小振動計測技術の信頼性の向上に貢献します。

論文情報
掲載誌:Metrologia
論文タイトル:Primary microvibration calibration of accelerometer with picometer displacement
著者:Wataru Kokuyama, Tomofumi Shimoda, Hideaki Nozato
DOI:10.1088/1681-7575/ad9a6e

用語解説
振動レベル
振動の大きさのこと。本稿では、加速度の単位(m/s2)で表現される振動加速度の意味で使用している。本校正システムでは、振動は正弦波で加えているため、同じ振動加速度であっても、振動周波数が増加すれば、対応する振動振幅(単位はm)が小さくなるという関係がある。そのため、図1(b)では、およそ同じ振動レベルの条件でも、振動振幅は右肩下がりのグラフとなる。

ピコメートル
1兆分の1メートル(10-12 メートル)のこと。水素原子の直径のおよそ1/100に相当する。

振動センサー
振動を電気信号に変換するセンサーのこと。加速度センサーとも呼ばれる。

感度
振動センサーの応答特性の一つで、振動の大きさに対してどのくらいの大きさの出力が出るかの係数。単位として、V/(m/s2) (「ボルト毎メートル毎秒毎秒」と読む)が用いられる。

位相シフト
振動センサーの応答特性の一つで、振動の波がどの程度遅れて出力に現れるかを示す。単位として、°(度)が用いられる。

レーザー干渉計
レーザーの干渉(光の波の重ねあわせ)効果を利用して、長さや振動を精密に計測できる装置。一般に、ナノメートル程度の計測分解能を簡単に実現できる。

校正証明書
計測器の校正を行ったことを証明する書類。計測器名、校正条件、校正手法、校正結果などが記載される。トレーサビリティ(校正の連鎖により、計量標準に値がつながること)を確保するために必要になる書類でもある。

不確かさ
測定の結果がどれだけ不確かであるかを表した値。今回は、振動センサーの校正を行った結果がどの程度の不確かさを持っているかを、不確かさに寄与する要因をリストアップすることで算出した。

拡張不確かさ
不確かさを報告する際、評価して得られた標準不確かさに拡張するための定数kをかけて報告されることがある。一般的にk=2が多く使用されるが、これは多くの場合、信頼区間95%に相当する。

 
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250108/pr20250108.html



プレスリリース詳細へ https://kyodonewsprwire.jp/release/202412252268
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