硫化水素中毒の解毒剤の開発に成功:複数のガス中毒に対応する救急救命医薬品としての実用化に期待
【ポイント】
〇 独自の人工ヘモグロビン化合物hemoCDにより、硫化水素中毒の解毒に成功
〇 CO中毒および青酸(シアン)中毒の治療薬と同一成分で効果を発揮
〇 投与後はすぐ尿として排泄されるため安全性が高く救急救命用途に適している
【概 要】
同志社大学理工学部機能分子・生命化学科北岸宏亮教授らの研究グループは、佐賀大学農学部堀谷正樹准教授と共同で、硫化水素を生体内で捕捉して、それを無毒化する化合物の開発に成功しました。同志社大学の研究グループでは、2023年2月に、一酸化炭素(CO)およびシアン中毒の同時解毒剤として、hemoCD-Twinsの開発に成功しています(2023年2月プレスリリース、図1)¹⁾。今回はこのhemoCD-Twinsの構成成分であるhemoCD-PおよびhemoCD-Iのそれぞれについて、硫化水素に対する結合性能を調査し、その結果hemoCD-Iが生体内の硫化水素の結合部位(ヘモグロビンなど)よりも約10倍程度優れた結合性能を示すことが新たに判明し、中毒の解毒剤として応用できることを明らかにしました。
hemoCDとは、同志社大学の北岸宏亮教授らの研究チームによって研究開発が進められている人工ヘモグロビン化合物であり、ヘム鉄類似のポルフィリンと呼ばれる化合物を環状オリゴ糖であるシクロデキストリンで覆った特徴的な化学構造を有しており、血液中で酸素やCOなどのガスと結合することから、人工血液の素材としての研究が進められています²⁾。
●背景
硫化水素は、火山や温泉地などで自然発生し、腐卵臭を示すガスであり、低濃度(約0.3 ppm、ppmは100万分の1単位)では独特の臭いを発しますが、50 ppmくらいになると嗅覚が麻痺し臭いを感じなくなります。一方それくらいの濃度になると毒性が顕著に現れはじめ、100 ppm以上の濃度で吸入すると死に至る可能性が出てくることになります。空気よりも比重が高いため地下にたまりやすく、石油•ガス生産工場においては最も危険な化学物質です³⁾。硫化水素中毒による死者は例年一定数発生しています(資料1)。下水処理作業、農業施設、あるいは学校での理科実験などにおいても、不意に硫化水素ガスが発生してしまうことで中毒となり、救急搬送される例が年間十数例報告されています。最近では2024年10月13日に中国のバイオ工場で硫化水素中毒による7名の死亡事故が報告されました⁴⁾。さらに2008年以降、家庭内で硫化水素を発生させる自殺や自殺未遂事件が急増し、特に10-30代の若い世代において硫化水素による自殺が蔓延していることが社会問題となっています⁵⁾(「硫化水素使用 1000人超」日本経済新聞夕 刊2009年5月14日掲載)。硫化水素中毒の現場では患者本人だけでなく、その場に居合わせた医師や看護師にも2次被害が及ぶ危険性があります。現在、硫化水素中毒に対し即効性のある治療薬は残念ながら医療実装されておらず、酸素換気でゆっくりと寛解させるしか方法がない状況です(資料2)。過去には青酸(シアン)ガス中毒に用いられる治療薬(亜硝酸アミル等)が用いられたケースも報告されていますが、件数が少ないために効果は十分に検証されていないのが現状です。
●研究成果
今回の研究では、hemoCD-Iが硫化水素と反応し、硫化水素イオンを結合したhemoCD-Iは空気中の酸素と反応することで、有毒な硫化水素から無毒な硫酸イオンあるいは亜硫酸イオンへと効率よく変換することを見出しています(図2)。解毒作用はマウスを用いた動物実験によって実証されており、致死量以上の硫化水素ナトリウムを投与したマウスにおいて、中毒症状が出た後すぐにhemoCD-Iを投与することにより、約8割のマウスが死亡を免れ、迅速に体内パラメーターが回復することを証明しました。さらに投与したhemoCD-Iは分解されずそのまま尿中へと排泄されることを解明しました。
本研究成果は、火災などで発生するガス中毒の治療薬シーズとして開発を進めているhemoCD-Twinsの治療適用範囲を拡大するものです。「救急救命の現場ではどのような原因で中毒症状に陥っているのか、医師でも迅速に判断を下すことは難しい。環状オリゴ糖で覆われているhemoCDは、患者に投与しても毒性がなく、すべて尿中に排泄されるため、安全性が極めて高い。今回の成果により、hemoCD-Twinsは少なくともCO、シアン、硫化水素いずれかの中毒患者であれば、投与により治療効果を発揮することがわかった。救急救命の現場あるいは救急搬送中に迅速にhemoCD-Twinsを投与できるようになれば、多くのガス中毒患者の命を救えるだろう。患者が安心して治療を受けられるよう、また医師が安心して患者に投与できるように、薬の安全性の担保につとめたい」研究リーダーである北岸教授は救急救命医薬品の実用化にむけたさらなる進展を目指しています。
本研究成果は「Detoxification of hydrogen sulfide by synthetic heme model compounds」の題目にて国際学術誌Nature Portfolio出版のScientific Reports誌に2024年12月10日付(UK時間)で公表されます(オープンアクセス)。
【報道解禁日時】 2024年12月10日午後7時(日本標準時)。新聞は12月11日朝刊から情報をご利用いただけます。
【論文情報】
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Detoxification of hydrogen sulfide by synthetic heme model compounds
著者:Atsuki Nakagami, Qiyue Mao, Masaki Horitani, Masahito Kodera, Hiroaki Kitagishi
DOI: 10.1038/s41598-024-80511-1
【研究者プロフィール】
北岸 宏亮(キタギシ ヒロアキ) Hiroaki KITAGISHI
同志社大学 理工学部 機能分子・生命化学科 教授
研究分野:ライフサイエンス / 生体材料学 / 生物分子化学,生体関連化学
堀谷 正樹(ホリタニ マサキ) Masaki HORITANI
佐賀大学 農学部 生物資源科学科 准教授
研究分野:生物物理 / 生体関連化学 / 構造生物化学 / 物理化学
【本研究に関するお問い合わせ先】
同志社大学理工学部: 北岸宏亮
TEL: 0774-65-7442
E-mail: hkitagis@mail.doshisha.ac.jp
佐賀大学農学部:堀谷正樹
TEL:0952-28-8782
E-mail: horitani@cc.saga-u.ac.jp
【報道担当】
同志社大学 広報部 広報課
TEL:075-251-3120
FAX:075-251-3080
E-mail:ji-koho@mail.doshisha.ac.jp
佐賀大学 広報室
TEL:0952-28-8153
FAX:0952-28-8921
E-mail:sagakoho@mail.admin.saga-u.ac.jp
〇本研究の資金について
本研究は、文部科学省・日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:22H02097および24K01640)、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究プログラム/異分野融合型研究開発推進事業/シーズH/救急救命現場で即時治療が可能な火災ガス中毒解毒薬の開発・シーズA/COその他関連ガス中毒の治療薬の開発(京都大学拠点支援、課題番号23ym0126814および24ym0126808)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)起業実証支援プログラム(課題番号JPMJSF2305)および同志社大学ハリス理化学研究所の研究助成により実施されました。
〇北岸 宏亮(キタギシ ヒロアキ)
同志社大学 理工学部 機能分子・生命化学科 教授。
同志社大学工学部を卒業後、奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科で修士、同志社大学大学院工学研究科で博士号を取得。大阪大学大学院工学研究科で招聘研究員を務めた後、2008年に同志社大学へ着任。ポルフィリン、シクロデキストリン、ヘム、CO、超分子化学、生物無機化学、生命科学、バイオマテリアルの研究を行っている。90以上の出版物を執筆し、1900以上の引用文献がある。
〇堀谷 正樹 (ホリタニ マサキ)
佐賀大学 農学部 生物資源科学科 准教授。
大阪大学基礎工学部を卒業後、大阪大学大学院基礎工学研究科で修士、博士号を取得。理化学研究所播磨研究所で特別研究員を務め、米国ノースウェスタン大学化学科で6年間博士研究員を務めたのち、2016年に佐賀大学へ着任。電子スピン共鳴法、電子核二重共鳴法、高周波数・強磁場電子スピン共鳴法などの磁気分光を用いた金属タンパク質、モデル錯体を対象とした生物物理、生物無機化学研究を行っている。
〇参考文献
1)「同志社大学 理工学部 北岸教授研究チーム 火災ガス中毒の救急救命用治療薬を開発」プレスリリース、2023年2月21日
https://www.doshisha.ac.jp/news/2023/0221/news-detail-9428.html
同志社大学
2)「FOCUS :人工血液開発に挑む研究者たち」情報7daysニュースキャスター、2024年3月30日放送
https://www.youtube.com/watch?v=O_ODFa6tu-8
3)「石油・ガス産業における硫化水素影響、特性および保護」
https://www.draeger.com/Content/Documents/Content/hydrogen-sulphide-knowledge-illuph-dmc-162-ja-jp-2107-1.pdf
Dräger Technology for Life® Drägerwerk AG & Co. KGaA
4)「中国、中毒事故で7人死亡 バイオ企業、硫化水素か」2024年10月13日
https://nordot.app/1218136625545691274?c=302675738515047521
共同通信 47News
5)「室内の硫化水素自損行為事案における消防活動の安全性の向上と活動時間短縮について」一般社団法人全国消防協会 福岡市消防局論文
https://www.ffaj-shobo.or.jp/ronbun/ronbunh22.html
▼本件に関する問い合わせ先
同志社大学広報課
住所:京都市上京区今出川通烏丸東入
TEL:075-251-3120
FAX:075-251-3080
メール:ji-koho@mail.doshisha.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
プレスリリース詳細へ https://digitalpr.jp/r/100793
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