多様な組織・個人の連携で包括的なサポートを実現する北欧の福祉社会<東洋大学SDGs NewsLetter Vol.32>
日本では、困難を抱えた方が福祉制度を十分に利用できず大事に至るケースが後を絶ちません。一方でフィンランドは、行政と専門機関とが連携した包括的なサポートにより、問題を早期発見・解決に導く仕組みを構築しています。北欧の事例を交え、今後日本が取り組むべき課題について、国際地域学科の藪長千乃教授がお話しします。
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「子育てする家族を支える」ことを憲法で掲げるフィンランド
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──フィンランドの福祉制度の特徴を教えてください。
フィンランドの福祉制度は、すべての人が福祉の対象になる「普遍主義」を前提として設計されています。また、各種の制度が有機的に連携するように設計されていることも特徴です。児童福祉をみてみましょう。子どもの健やかな成長を保障していくための普遍的で包括的な支援体制が構築されていることがわかります。たとえば、「ネウボラ」ではすべての子どもと親を対象に、妊娠・出産から子育て期まで、原則として同一の助産師や保健師が継続して家族をケアします。定期的な検診や面談などを通して子育ての不安を気軽に相談してもらうことで、家族が問題を抱え込む前に専門機関につなげ、問題の予防や早期解決が可能になるのです。
また、保育サービスもすべての子どもを対象としています。子育てに難しさを感じている家族に対しては、相談サービス・訪問サービスなどが提供されます。保護が必要な深刻なケースでは、まずは家族と子どもが共に日常生活を送りながら支援を受ける「オープンケア」が実施されます。ファミリーワーカーが家庭を訪問し、家事支援や面談を通して家族と一緒に問題の種を発見し、改善に向かえるように働きかけを行うのです。フィンランドでは、親から子どもを切り離して施設や里親で保護をする代替養育は最終手段です。こうした事例から、どんなケースにおいても子育て支援が切れ目なく続いていることがわかります。この考え方は「子どもの健やかな成長を支えるために、家族を支える責任が国家にある」とする憲法の規定によって支えられているのです。
──日本の福祉制度との違いについてお聞かせください。
日本にも、すべての人を保障の対象とした優れた国民皆保険制度や皆年金制度、さらに介護保険制度もあります。しかし、そのほかの生活上の困難については、問題が深刻化するまでに利用できる支援は整っておらず、制度に切れ目があるのです。日本は高度経済成長期を通じて確立されていった「日本型福祉」という家族の支え合いを重視した考え方の影響を今なお受けています。しかし、働き方や家族の在り方が様変わりした現在においては、多様な生き方に対応すること、そして問題が深刻になる前に対応できるように制度を整備していく必要があります。
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ファミリーセンターのロビーの様子
当事者の情報をさまざまな機関が共有し、包括的に支援する体制
──フィンランドの児童福祉の特徴は何でしょうか。
2016年から「子ども家庭サービス改革(LAPE)」を行い、さまざまな困難を抱える子どもや家族のもとに専門家が集まる体制を理念的に構築したことです。各自治体にファミリーセンターを設置し、子どもと家族に関する支援サービスを集約したのです。この制度こそ、子どもと家族が中心にあり、社会はそれを支えるという考え方を体現しています。個人が社会のためにあるのではなく、社会が個人のためにあるという考え方は北欧型福祉国家の理念でもあります。「必要なサポートが提供されるなら喜んで税金を支払う」という政府と市民の間にある信頼関係も大きな特徴です。
──フィンランドの事例から日本が学べることはありますか。
これからの日本は、個人を社会全体で包括的に支援する体制への転換が求められています。それには、社会のさまざまな機関の連携が欠かせません。フィンランドでは、前述のLAPEでの改革にあたって、現場の専門職を登用して古い縦割り文化を一掃することに努めました。また、公務員のプロジェクト採用が進み、官民の垣根が消えつつあります。人員を削減して外部に委託するのではなく、組織自体を変革していくことで、より効果的かつスピード感のあるアプローチを実現できるはずです。
大学の研究成果を政策に反映する環境が整備されているのも特徴です。国家から独立した機関として大学が政策の科学的根拠を提示し、政策提言に向けた重要な機能を担っています。公的機関だけでなく、社会全体が教育・研究に対して協力的です。人口550万人の小さな国家だからこそ、資源を有効に活用し、常に新しいことに取り組む姿勢が浸透しているのです。日本にも取り入れられるポイントは多いでしょう。
マクロ・ミクロの視点から、普遍主義的な福祉の在り方を追究
──今後のビジョンについてお聞かせください。
福祉国家が産業や経済の変化に対してどのように対応してきたのか、そしてどのように変化を遂げていくのかに関心があります。福祉国家には安定した財源が必要であり、そのためには順調に成長する産業・経済と働き手が欠かせません。これまでのところ、フィンランドは知識基盤産業への転換やイノベーションの創出を行い、社会構造の変化に比較的うまく対応してきました。一方で、世界は急速に変容し、人口は成熟し、社会の流動化は止めどなく進んでいます。このような状況の中でも、福祉国家の主人公である市民のウェルビーイングを維持し、福祉国家を持続可能にしていくための国の在り方とは何か。フィンランドを対象として研究を続けたいと考えています。
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藪長 千乃 (やぶなが ちの)
国際学部国際地域学科教授/修士(学術)
専門分野:社会福祉学/社会政策/政治学/比較政治学/地域研究
研究キーワード:比較福祉政策/北欧地域研究/フィンランド
著書・論文等:世界の保育保障(編著) [法律文化社]、フィンランド現代政治史(翻訳)[早稲田大学出版部] 等
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東洋大学総務部広報課
mlkoho@toyo.jp
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「子育てする家族を支える」ことを憲法で掲げるフィンランド
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──フィンランドの福祉制度の特徴を教えてください。
フィンランドの福祉制度は、すべての人が福祉の対象になる「普遍主義」を前提として設計されています。また、各種の制度が有機的に連携するように設計されていることも特徴です。児童福祉をみてみましょう。子どもの健やかな成長を保障していくための普遍的で包括的な支援体制が構築されていることがわかります。たとえば、「ネウボラ」ではすべての子どもと親を対象に、妊娠・出産から子育て期まで、原則として同一の助産師や保健師が継続して家族をケアします。定期的な検診や面談などを通して子育ての不安を気軽に相談してもらうことで、家族が問題を抱え込む前に専門機関につなげ、問題の予防や早期解決が可能になるのです。
また、保育サービスもすべての子どもを対象としています。子育てに難しさを感じている家族に対しては、相談サービス・訪問サービスなどが提供されます。保護が必要な深刻なケースでは、まずは家族と子どもが共に日常生活を送りながら支援を受ける「オープンケア」が実施されます。ファミリーワーカーが家庭を訪問し、家事支援や面談を通して家族と一緒に問題の種を発見し、改善に向かえるように働きかけを行うのです。フィンランドでは、親から子どもを切り離して施設や里親で保護をする代替養育は最終手段です。こうした事例から、どんなケースにおいても子育て支援が切れ目なく続いていることがわかります。この考え方は「子どもの健やかな成長を支えるために、家族を支える責任が国家にある」とする憲法の規定によって支えられているのです。
──日本の福祉制度との違いについてお聞かせください。
日本にも、すべての人を保障の対象とした優れた国民皆保険制度や皆年金制度、さらに介護保険制度もあります。しかし、そのほかの生活上の困難については、問題が深刻化するまでに利用できる支援は整っておらず、制度に切れ目があるのです。日本は高度経済成長期を通じて確立されていった「日本型福祉」という家族の支え合いを重視した考え方の影響を今なお受けています。しかし、働き方や家族の在り方が様変わりした現在においては、多様な生き方に対応すること、そして問題が深刻になる前に対応できるように制度を整備していく必要があります。
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ファミリーセンターのロビーの様子
当事者の情報をさまざまな機関が共有し、包括的に支援する体制
──フィンランドの児童福祉の特徴は何でしょうか。
2016年から「子ども家庭サービス改革(LAPE)」を行い、さまざまな困難を抱える子どもや家族のもとに専門家が集まる体制を理念的に構築したことです。各自治体にファミリーセンターを設置し、子どもと家族に関する支援サービスを集約したのです。この制度こそ、子どもと家族が中心にあり、社会はそれを支えるという考え方を体現しています。個人が社会のためにあるのではなく、社会が個人のためにあるという考え方は北欧型福祉国家の理念でもあります。「必要なサポートが提供されるなら喜んで税金を支払う」という政府と市民の間にある信頼関係も大きな特徴です。
──フィンランドの事例から日本が学べることはありますか。
これからの日本は、個人を社会全体で包括的に支援する体制への転換が求められています。それには、社会のさまざまな機関の連携が欠かせません。フィンランドでは、前述のLAPEでの改革にあたって、現場の専門職を登用して古い縦割り文化を一掃することに努めました。また、公務員のプロジェクト採用が進み、官民の垣根が消えつつあります。人員を削減して外部に委託するのではなく、組織自体を変革していくことで、より効果的かつスピード感のあるアプローチを実現できるはずです。
大学の研究成果を政策に反映する環境が整備されているのも特徴です。国家から独立した機関として大学が政策の科学的根拠を提示し、政策提言に向けた重要な機能を担っています。公的機関だけでなく、社会全体が教育・研究に対して協力的です。人口550万人の小さな国家だからこそ、資源を有効に活用し、常に新しいことに取り組む姿勢が浸透しているのです。日本にも取り入れられるポイントは多いでしょう。
マクロ・ミクロの視点から、普遍主義的な福祉の在り方を追究
──今後のビジョンについてお聞かせください。
福祉国家が産業や経済の変化に対してどのように対応してきたのか、そしてどのように変化を遂げていくのかに関心があります。福祉国家には安定した財源が必要であり、そのためには順調に成長する産業・経済と働き手が欠かせません。これまでのところ、フィンランドは知識基盤産業への転換やイノベーションの創出を行い、社会構造の変化に比較的うまく対応してきました。一方で、世界は急速に変容し、人口は成熟し、社会の流動化は止めどなく進んでいます。このような状況の中でも、福祉国家の主人公である市民のウェルビーイングを維持し、福祉国家を持続可能にしていくための国の在り方とは何か。フィンランドを対象として研究を続けたいと考えています。
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藪長 千乃 (やぶなが ちの)
国際学部国際地域学科教授/修士(学術)
専門分野:社会福祉学/社会政策/政治学/比較政治学/地域研究
研究キーワード:比較福祉政策/北欧地域研究/フィンランド
著書・論文等:世界の保育保障(編著) [法律文化社]、フィンランド現代政治史(翻訳)[早稲田大学出版部] 等
本件に関するお問合わせ先
東洋大学総務部広報課
mlkoho@toyo.jp
取材お申し込みフォーム
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