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(6)「比類なき美」を凝縮

《先へ先へ時を漕ぐ手を緩めたらかなかなの声が聞こえはじめた》


 新宮市の熊野速玉大社は、朱の柱と純白の壁のコントラストが華やかで印象的だ。

 参道に、国の天然記念物、ナギの大木がある。思えばこの春、熊野古道の旅を始めてから、それまで名を知るだけだったこの木が、特別な存在となって私を見守ってくれた。ナギは各地の社に神木として植えられていた。「災難を避け、旅人を守る木」と知り、葉をお守りとしてポケットに入れ、歩いた。

 ここ速玉大社のナギは、幹回り6メートル、高さ20メートルという大樹だ。つややかで小さな葉の群れが、遠くでさざめいている。

 神倉神社へ向かう小径を歩く。「神倉一丁目」「千穂一丁目」などの住居表示に、神と人が同居するこの町の特徴が端的に見える。

 神倉山登り口の鳥居の前に立ち、石段のあまりの急傾斜にあぜんとした。見ると、石段の中腹で長い長い間、祈っている人がいる。柏手(かしわで)を打ち、頭を垂れ、小刻みに足踏みし、また柏手を打ち、向きを変えてまた打ち、杉の木に手を触れて頭を垂れ……。

 ただならぬ真剣さを感じて突っ立っている私の横に、後ろから一人の青年がやってきた。彼も非常に長い間、頭を垂れ、何ごとか唱え、柏手を打ち、石段を登っていった。

 私などが軽い気分で、この山を登ってよいのだろうか。ともかく登り出すと、後ろにひっくり返りそうになるほどの傾斜だ。時には手も使ってよじ登った。

 細身のおじいさんが2本のつえを巧みに使いながら段を下りてくるのにすれ違った。

 「初めてですか。ここはえらいですよ。途中に地蔵堂があって、そこから先は楽です。頑張ってください」

 やさしい言葉に、受け入れてもらえた気がして、うれしかった。この神倉山ですれ違う人は誰もが「こんにちは」と声を掛けてくれた。

 ついに、巨大な岩の空間に出た。朱塗りの社殿の背後に寄り添うゴトビキ岩の大きさに圧倒される。さらに、ゴトビキ岩と社殿の乗る一枚の岩盤のスケールは、まるで横たわる一つの島のようだ。

 ひたすら大岩を見上げていた首を回して振り向くと、水平線まで真っ青な海だ。そして山と海の間に、新宮の町、家々の屋根がぎっしりと並ぶ。自然と人間生活とが一点に凝縮されたような場所だ。

 海や山、空。比類なく美しいものが、人間にはすでに与えられている。そして、多くを望まずとも、すでに与えられたものが十分に素晴らしいのだと、あの深い祈りの人たちは知っているのだ、と思った。(おわり)

《にじむ汗もいつかやさしく乾かされ旅する者は誰も空の子》


第三部 完

ひとつの島のようなゴトビキ岩

更新)