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(4)長井坂の贅沢な時間

《枯木灘 名のきびしさをいぶかしむほどに八月みどりの木々》


 長井坂の登り口までは、和深川に沿う集落の中を行く。真夏の日の下、工事車両の誘導係の男性が立っている。

 「古道歩きですか。まだ、かなりありますよ。お気をつけて」と応援してくれる。ご自身の仕事の方がよほど大変なはず。こうして人から言葉掛けられ、力をもらうことが、この熊野の旅の途中、何度もあった。

 30分ほどで登り口に到着。説明板の横に、記念スタンプを押せる小さな台があり、大学ノートが置いてある。古道を守る活動に取り組む地元グループ「大辺路刈り開き隊」が置いたもので、表紙に「みなさんの言葉が励ましの力になります」と書かれていた。私自身がそれを体験したばかりだ。すぐにノートを開き、言葉を書きつけた。

 山へ入る。初めは急な登りだがすぐに尾根に出て、以降は平坦な道が続く。自然林の雑木林は明るく、気持ちがいい。

 進行方向右側の視野が薄青く染まったように感じるのは、木々の間から枯木灘が透けて見えるせいだ。海が見えると、安心する。深い山の中でひとりぼっちではない、外界とつながっている、と思えるからだ。

 やがて「版築(段築)」が現れた。土手状に土を盛り上げて突き固めた歩道。紀州藩が整備したという。路面が平らで、格別に歩きやすい。落ち葉や小枝も積もりにくいようで、足元がすっきりしている。何より、高い所を歩く気分がいい。あまりに楽しかったので、版築の区間を過ぎた後、引き返し、もう一度歩き直した。なんと贅沢(ぜいたく)な時間の使い方だろう。

 尾根道の後半は、海の見えるポイントが次々訪れる。そのたび足を止めてしまう。深いけれど明るい紺色の海。またしても、私ひとりがとてつもない贅沢をしている気がする。ずっとここにいたい、降りたくない。こんなふうに思った山道は、初めてだ。

 長井坂終点(東登り口)にある説明板には、この古道の保存状態が良好な理由のひとつとして「昭和40年頃まで道に添って電柱が立っており、その保守上、毎年下草刈りをしていたこと」とある。

 現在、古道や山道を、実用のために通行する人はほとんどいないだろう。しかし「使われなくなった道が野山に戻るのは仕方ない」と諦めたくはない。

 いや実際、私はこの旅でいくつもの道を「使った」。ひとりになって精神を解き放ち、季節の色に触れるため。そしてこの土地で生きてきた人々が道の上に残した無数の〈しるし〉に会うために。

 この道の役割は、終わってなどいない。

《足もとのまつぼっくりの大きさに見上げて見えぬ松のてっぺん》





心が晴れる枯木灘の眺望

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