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(2)道の厳しさ思い知る

《川に沿う道を探して人の靴も鳥、猪の爪痕もゆく》


 大辺路・仏坂の道のりは、はじめから困難だった。坂への登り口が分からない。白浜町安居地区から日置川を東へ渡った先に、登り口があるはずなのだ。

 昭和前期に廃止され、近年復活した「安居の渡し」の舟を利用すれば簡単だったが、事前予約をしていないし、渡しの代わりの迂回(うかい)路を歩いてもそう時間はかからないだろうと軽く考えていた。

 ところが、その迂回路が見つけられない。田で仕事中の女性たちに尋ねた。

 「気いつけて。ハビいるから」「ハビ?」「ヘビ。毒のあるやつ」

 私のしようとしていることは無謀なことなのか。

 教わった通り行くと、集落を抜け山道に入った所に「仏坂入り口」の看板があった。「渡し船が廃止されてから、仏坂は容易に越えられなくなった。やむを得ず、平成14年3月ここから仏坂登り口までの連絡路を整備し」……。

 新しい道だと思って歩き始めたが、路肩は崩れ、草木ははびこり、道はすでに天然状態に戻りつつあるようだった。イノシシと思われる爪痕がくっきりとある。

 土が崩れて道が断たれ、小さな谷ができている。飛び降りよじ登って越えるが、その先、道はまぎれている。方向感覚だけを頼りに道なき道を行き、何とか仏坂に入ることができた。暑さよりも緊張の汗で背中がぬれている。

 古くから信仰の道と位置付けられた中辺路に比べ、大辺路は生活道としての性格が色濃いという。マラソンのゴールテープのように行く手を横切るくもの巣に何度も引っかけられながら、生活道の厳しさを思った。貴族の物見ではなく、必須の理由に迫られ山道を往復した土地の人々。険しい地勢や野生の生き物に驚き、恐れ、絶えず緊張しながら、案内もない山中を行く心のうちを想像した。

 セミ、チョウ、トンボ、バッタ。この道の主役は虫だ。中辺路に漂っていた浄土観は、ここでは薄い。ただ虫たちが夏のさなか、せっせと体を動かしているだけだ。

 仏坂も終わりに近い頃、道端に倒れ伏した鹿の死骸があった。頭部は白骨化し、胴や脚にはまだ毛が残る。思わず後ずさったが、ここを通るしかない。大きな歩幅で、投げ出された脚をまたぎ越した。

 大型動物の自然死。その朽ちゆく姿を初めて見て、山を下りすさみの町に入ってからも、宿に着いてからも、衝撃が消えなかった。でも、かつての山中の旅人たちも、たびたびこんな光景を目にしたに違いない。時を超えて、彼らと感情を共有する。それも含めて「古道」なのかもしれない。 。

《羽化直後まだ鳴けもせぬ蝉のわざは真上、真上へ飛ぶ力だけ》





古道沿いにひっそりと咲く花

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