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(7)あの豪雨に思いをはせて

ささゆりを過ぎれば追って香りくる三秒前の思い出として


 滝尻王子へ向かう古道は「オオウナギ生息地域」の標識を過ぎ、ササユリの花を見送ると、とたんに急な登りとなる。しかも、大きな岩がごろん、ごろんという感じで道の真ん中に居座っている。

 後鳥羽上皇の熊野詣でに随行した藤原定家が、その記録「後鳥羽院熊野御幸記」に「崔嵬(さいかい)の嶮岨(けんそ)を昇り瀧尻宿所に入る」と書いたのはこの辺りだろうか。定家、泣きごとをいってるな、と思っていたが、今はその気持ちがよく分かる。

 ずっと同行してきた富田川から離れ、完全に山中の道となった。地図上での自分の位置がよくつかめない。

 素朴な石の庚申塔が2体、道ばたに出現。自然に手を合わせていた。そばには「享和元酉八月」と彫られた石灯籠が傾いて立つ。

 地図上では「舗装道路に合流」と描かれている辺りまで来た。確かに舗装路が通っているのが眼下に見えている。だが、歩いている道はやぶに突き当たって行き止まり。舗装道路に抜けられない。

 どうしよう。思わず、先ほどの庚申塔まで戻った。魔力にすがりに行ったわけではなく、どこかで間違えたかもしれないので来た道をひとまず戻ってみたのだが、通る人もないこの道で、ほかに頼るものもないのだった。

 結局、行き止まりと思ったのは早合点で、実は通行でき、無事舗装道路に合流した。北郡、真砂集落の中を抜けて国道311号に出た。

 道路両脇の山と川は、昨年の台風12号が何を引き起こしたかを、ありありと見せている。直径1メートルを超す大岩がそこここに転がっているのもその一つだ。

 どんな強敵を倒すかで、その力、エネルギーが計れる。大きな岩を転がし、膨大な土砂とともに引きずり落とした豪雨のエネルギーとはどれほどだったのだろう。

 人が暮らす土地には、どこも固有の地形や気候があり、それが生み出す喜びも、悲しみも、そこで暮らすかぎりはついてくる。

 古道を歩き、熊野の歴史を少したどるだけで、過去の洪水の例にいくつも出会う。そしてその厳しさに驚く。

 しかし、回復への実践が確実に行われていることは、現場を訪れれば分かる。多くの資材が運ばれ、重機が働き、モノレールまでが張り巡らされている。この光景を、昔の熊野の人々が見たら感嘆するだろう。

 これから私が熊野を訪れるたび、景色は少しずつ回復しているに違いない。滝尻からの帰りのバスの中で、そう確信した。

回復の連続こそが生活と教われば掌てに受けとる力






古道沿いにササユリの花。香りが印象深かった

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