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(5)熊楠も見た景色を訪ね

《あぜ道を通る権利を持たなくて輝く午後を遠まわりする》


 田中神社は地味で目立たない。田んぼの中に小さくうずくまる森がそれだとは分からずに、辺りを少し探し回ってしまった。

 社殿も、とてもこぢんまりとした、素朴なものだ。境内に立つと、空間は木々の幹と枝ですっぽり包まれて、まるで樹木でできた部屋の中にいるような感じがする。

 後日、田辺の南方熊楠顕彰館で、明治末の田中神社の写真を見た。熊楠が合祀(ごうし)反対運動に取り組んでいた頃に写された社叢の全景写真と、同じ角度から撮った現在の写真を並べて展示していたが、ほとんど変わっておらず、感銘を受けた。

 熊楠によって変種と認められ、命名されたオカフジの木は、鳥居の前に堂々と横たわり、さらに空へと上昇する龍のように斜め上方へと伸びる。大木である。

 つるにみなぎる力強さは、筋肉を連想させる。こんな藤は見たことがない。残念ながら花の時期には遅れてしまったが、開花した時の迫力も、ぜひ目にしたいと思う。

 すでに日は西に傾いていた。予定では、この先の稲葉根王子が本日のゴール。王子近くのバス停から、宿をとっている田辺へ戻ることにしていて、そのバスの時刻がそろそろ気になり始めた。

 ところが、急ぐ心とうらはらに、稲葉根王子への道がどうにも分からなくなった。手持ちの地図と、現地に立つ道標の矢印が、どうしても矛盾してみえる。

 歩いて、悩んで、元の場所へ引き返して、を3回ほども繰り返した。西日に照らされた背中を汗が伝う。

 どんなに深刻そうな、恐ろしい顔つきで歩いていただろう。「こんにちは」。すれ違いざま、女の人にあいさつされて、はっとした。不安でいっぱいになり、向こうから人が歩いてくるのにさえ気付かなかったのだ。

 「道を聞けばよかった」と思った時には、その人はもう遠く歩き去っていた。

 やっとのことで手掛かりを得た。バスの時刻にも間に合いそうだ。急ぎ足に歩いて稲葉根王子にたどり着くや、ベンチにへたりこんだ。

 目の覚めるほど美しい若葉に囲まれ、富田川からの風に心地よく吹かれながらも、反省しきり。どうして旅に来てまで、こんなにガツガツあせる羽目になるのか。さっきの女の人にも、失礼なことをしたなあ。

 ひと息つくと、夕暮れて強まった風にそよぐ葉擦れの音が、思いがけず大きく聞こえてきた。


《風に動く木々の枝葉をまして風をとどめ得ないと知って吹かれる》




上富田町に入ると八上神社から田中神社、稲葉根王子と立ち寄りたい場所が続く

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