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(3)先人も見た道標を頼り

《頭上ではとんびのなわばり接近戦 海向く城の朝を思えば》


 田辺城跡の水門へ行った。

 会津川が海へと注ぎこむ、その水際に建っていた城。水門は、現代の建築でいえば車寄せのような役割か。船による水上交通を重視していたことが分かり、海辺のロケーションを生かした城の個性が発揮されている。

 ほかの構造物はほとんど残っていないというが、天守閣などが残るよりも、貴重で魅力的なものが残ったといえるだろう。ここで暮らした武士たちのライフスタイルまで想像できるからだ。

 水門脇の道ばたで、持参した太陽観察グラスをおもむろに取り出し、目に当てて仰ぐ。見えた。太陽を時計に見立てれば9時の位置に小さな点。今日は「金星の太陽面通過」が見られる日だ。田辺の町を歩きながら、30分置きに立ち止まっては空を見上げ、金星の足取りを追う。だって、見逃せば次回は105年後になってしまうのだ。

 商店街の道ばたに立つ「道分け石」の傍らでも太陽を見上げた。この石柱は、中辺路と大辺路の分岐点を示す近世の道標。「安政四年丁巳秋再建之」の字が読める。触れると、すべすべと冷たい。欠けや破損もなく、新しささえ感じる。

 「左りくまの道 すくハ大へち 右きみゐ寺」

 春に中辺路を歩いた時、山中の道標をどれほど頼りにし、どれほど助けられたか。それを思えば、この道分け石を頼った旅人たちと、まるで同じことをしていると気付く。「昔のこと」だと隔てる必要などないのだ。

 日と惑星の壮大な出会い。一方で、先人たちの意外な近さ。熊野を旅すると、いつも時間が伸び縮みする。

 闘けい神社へ。一見して、神殿の配置が熊野本宮大社とそっくりなことに驚く。「熊野権現をこの地に勧請し田辺の宮と称し…」との説明があり、納得する。由緒書を頂こうと授与所へ向かった。

 壮年の神職にいろいろ質問し、歴史を教わっていると、突然パッと笑顔になり「いいカメラ持ってるね!」。

 機種を尋ねられた。詳しいようだ。

 「思ったより小さいな。ええもん見せてもろたわ。このへん量販店もないし、実物を見比べて買うことができないんよ」。神職は自分のカメラも持ち出してきて、カメラ談議に花が咲いた。由緒ある神社の神職と、こんな雑談で盛り上がったのは初めてだ。ちょっとうきうきしながら神社を後にする。

 ふと思い出し、グラスを目に当て太陽を仰いだ。金星は着々と進んで、もう時計の2時あたり。金星は明日も変わらず空にあると分かっているのに、なんだか名残惜しい。ではまた、105年後に。

《憶(おぼ)えよう未来の質問者のために日をわたりゆく金星の旅》






町角に堂々と立つ道分け石に往事をしのぶ

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