AGARAKiiLifeみかんKiiSearch

(1)降る雨と梅の実の色

《手に取れる、見える、やさしく香りたつ〈時間〉は梅の実の中にある》


 口熊野を歩く旅は、ちょうど梅の実る季節と重なった。実のなった梅畑の景色を見たいと思い、大阪から乗った電車を少し手前の岩代駅で降りて、田辺へと歩いていくことにした。

 電車の窓をぽつぽつぬらしていた雨は、岩代で下車したときには本降りに。古道をたどりながら、梅畑の脇を歩く。収穫の季節らしく、軽トラックが忙しげに行き来している。

 これまで梅干しの状態しか知らなかったが、まるまると木に実った青梅を初めて見て、なんてかわいらしいんだろうと驚いた。頭頂の薄い紅色から緑色へのグラデーションがとても愛らしい。顔を寄せると、甘く匂う。それも初めて知ったことだった。

 「鈴なり」という言葉を思い出したのは、梅の実の形が本当に鈴に似て見えたからである。どこかで鳴いているカエルの声まで、ころころと鈴の音のように聞こえてくる。

 もう一つ思い出した言葉は「梅雨(ばいう)」。梅のない地域では、時節を示す言葉でしかないが、梅の産地でぬれる枝々を見ながら歩いていると「梅の実る頃の雨」なのだと心から理解できる。

 今日が雨降りで、よかったかもしれないな、と思った。

 岩代王子と千里王子は海辺の浜にある。春に歩いた中辺路はずっと山の中だったので、この辺りでは古道が海沿いを通っているということが、新鮮に感じられる。

 昔の人も、長旅の途中で出会った海に、気持ちが晴れたに違いない。案内板によると、千里王子は室町時代「貝の王子」とも呼ばれ、足利義満の側室・北野殿は、浜で拾った貝を王子社に奉納したという。今も、思わず拾いたくなる白やピンクのきれいな貝殻がいくつも散らばっている。

 沖を眺めて、昔の旅人は何を見ただろう。波間を行く船や漁師の姿か。いま私が見ているのは、雨の中でも頑張るサーファーたちの姿だ。

 浜を離れてさらに歩き、丹川地蔵の大イチョウ、三鍋王子を過ぎ、南部駅に着いた。ぬれた足先が冷えて、さすがに疲れた。駅近くの喫茶店に入る。ひと休みした後、大きなザックを背負って出発しようとする私に、店のママさんが話し掛けてくれた。

 「このお天気で、お出掛けの人には大変ですけど、梅農家さんは、ひと雨ごとに梅の実が大きくなる、って喜ばれます」

 そうか。やはり「梅雨」なんだ。これから6月が来るたびに、この雨の感触と梅の実の色を思い出すだろう。


《雨と波に視野はひたされ肺呼吸で地上を泳ぐわたしは魚》





たわわに実った梅の実。文字通り「鈴なり」だった

更新)