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(5)人々の善意に支えられ

《雨後(あめあと)の光る葉に言ういまわたし道に迷ってますと素直に》


 小広峠バス停に降り立つ。前日は雨で断念した古道歩きを、ここから再スタートだ。

 道は杉林の間を縫って行く。射し込む朝日に、下生えの葉が光っている。今だ、今のうちだと必死で光合成をしているに違いない。

 突然「通行禁止」の看板が立ちはだかった。「崩落危険箇所あり、迂回路へ」との案内。驚く。動揺する。

 深い木立に守られていた古道と違い、迂回路は山の表面を伝う。風や霧にさらされて、木々のありがたみを知る。とはいえ、迂回路はわかりやすく整備され、旅行者のために通路を提供した山主の意向も感じられる。多くの人々の善意に支えられて歩いているとあらためて思った。

 蛇形地蔵付近で迂回区間は終わり、古道に復帰。ほっと安心し、快調に歩いていたとき、事件が起こった。右足の靴底が、かかと側から中ほどまで、べろりとはがれてしまったのだ。

 持っていた粘着テープで応急処置をしたが、かろうじて付いていた部分もやがて完全にはがれ、右足は甲部分と薄い中敷きで包まれているだけになった。だが、一部だけがはがれてパカパカしている状態よりはかえってましになった。分厚い底のついたままの左足との間に高低差が生じて変な感じだが、なんとか歩き通せそうだ。

 そうこうしているうちに発心門王子を過ぎ、集落に入った。心の底から安堵した。それが気のゆるみにつながったらしい。今度は道を間違えた。通りかかった路線バスの運転士さんが「この道は古道と違いますよ」と教えてくれ、私が道を外れた地点まで乗せてくれた。

 こうして常に見守られる古道の旅人は幸せだ。またしても人の善意に支えられて歩いていることを知った。

 伏拝王子を過ぎると、明るい雑木林に入った。ついに本宮が近づいた喜びと、旅が終わってしまうさみしさが同時に訪れた。

 階段を下ると、本宮大社の森。社殿近くは大勢の参拝客でにぎやかだ。しかし、まだゴールではない。時代を超えて幾多の参詣者が憧れ、目指した熊野川中洲にある大斎原。その思いを共有するため、私の終着点も大斎原でなければならない。

 大鳥居をくぐり踏み入る空間には桜が咲き満ちている。山の中を長く歩き、最後に用意されたのが、この空と水との開放空間。なんというスケールの贈り物だろう。

 体は疲れているのに、冴え冴えと目覚ましい気持ち。新しい段階に入った、という直感。歩き始める前とは、自分の中の何かが変わったに違いない。そしてこの気持ちを、今、遠い昔の彼らとわかちあっている。想像ではなく、確信を持って、そう思う。



《点となり仰ぐ頭上に全時間全空間は境をなくす》




道ばたに咲く野の花が気持ちを和ませてくれる

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