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(4)感動的な二つの記念碑

 

《咲きながら流れていってしまうから前後不覚に見とれたい 春》




 薄暗い古道の木々の間から、こつぜんと近露集落は現れる。日置川を渡って町へ。家の前で腰かけていたおばあさんに「古道歩きですか」と声をかけられた。

 「おひとりで?」

 「はい」

 「えらいねえ」

 「はい」

 「ひとりのほうが楽でええいう人もおるけどな」

 「はい」

 人と会話するのが久しぶりで、どうにもぎこちない。はい、しかいえない。それでも声をかけてもらえるのはうれしく、励まされる。

 沿道で、感動的な記念碑を二つ見た。一つは深谷灌漑用水路完成の碑。「昭和九年七月工ヲ終フルヤ滔々タル流水ヲ見ルニ至リ…歓声途ニ満テリ茲ニ生活安定ノ基礎ヲ得テ子ニ孫ニ幾百千年広大無辺ノ恩恵ニ浴スルコトヲ得ルニ至レリ」

 もう一つは大畑地区の碑。「ひとり娘は野中えやるな 野中吹きあげ水遠い」との古謡を引く。昭和33年「完全通水するを得て永年の愁眉を始めてひらき歓声は各戸に湧いた」。ともに「歓声」の語で表現した、あふれる喜び。水を得ることがいかに切実な願いだったか、想像できる。

 継桜王子に着いたとき、携帯電話が鳴った。宿泊予定の野中の民宿からだ。「どの辺ですか? 何やったらお迎えに行きますけど…」。心配してくれる人のいるうれしさにじわっとする。「もうすぐ行きます」と答え、さて、見上げる「野中の一方杉」。

 この圧倒的な太さ高さに接すると、植林地の杉が少年のように思えてくる。

 洞(うろ)が暗く誘う。もぐりこんでみた。天井は暗くて見えない。内側の木肌は、乾いた部分もあり、生々しく濡れた部分もある。それにしてもなんて落ち着くんだろう。木の中ってこんなにいいものなのか…。

 はっ。あわてて民宿へ向かうと、道路に出て四方を見回す奥さんの姿がある。すみません。その後はおいしい梅酒と食事に満腹し、熟睡。

 ざあっ、という雨音で目覚めた。今日は20キロを歩き、本宮へ到達する予定なのに。

 雨具の上下に傘をさして出発。しかし雨が強い。ここが日本有数の多雨地帯とは知っていたが、量だけでなく、質もまた一級品だ。一粒一粒がずしりと重い。空中で凝(こご)った雨粒の力が、少しも減衰することなく、100%地上まで届く感じだ。

 1時間ほど歩いたところで雨宿り。しかし、雨脚は弱まらず、結局、バスで本宮へ移動することに。そして明日の朝一番のバスでここへ戻り、あらためて本宮までを歩き通す、と決意した。

 

《雨の朝を鳴けば昨日と違う響き昨日と違うあなたへ届く》




野中の一方杉の根元にある大きな洞。思わず中に入った

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