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「終戦記念日」

 来週15日は73回目の終戦記念日。何歳になっても、当時のことはいまも鮮やかによみがえる▼時代の分水嶺になった昭和天皇の放送は、新庄町にあった勤労動員先の旧紀州造船所で聞いた。受信状態は悪かったが、どうやら負けたことだけは分かった。むなしさと安堵(あんど)感がこもごも襲った▼後日、天皇が娯楽の復活を指示されたと聞いた。娯楽といっても軍歌以外は知らなかったが、戦中、戦後の切り替えを一挙に進めたのが、並木路子の『リンゴの唄』だった▼路子は東京空襲で一緒に墨田川に飛び込んだ母親が溺死し、父と兄は戦死していた。「リンゴの気持ちはよく分かる」と明るく歌ったその胸中には、悲痛な家族史を抱えていたのだ▼昭和天皇は戦後、全国を巡幸し、田辺にも来られた。大変な人波だった。東北地方では若い女性が肉親の遺骨の入った白木の箱を高々とさし上げた。天皇は遺骨に目をそそいだまま動かず、ただ頬をけいれんさせた。側近たちはこれが天皇の泣く時の表情だと知っていたので胸を突かれたと半藤一利氏は書く▼当時、旧制田辺中学3年だった私たちは学校に戻った。戦時中は芋畑になっていた校庭は復旧し、占領軍が野球に興じるのを空きっ腹を抱えて見物した。野球部が復活、甲子園の選抜大会に2度出場した▼今秋には同窓会を開き、回想の写真集を出す予定だが、級友の3分の2以上はもう鬼籍に入っている。(倫)


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