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「葬儀」

 本紙では死亡広告を必ず見る。時に知人の名を見つけて粛然とし、追想にふける。

 ▼自分の葬儀にも思いが及ぶ。山小屋を持つ長野県塩尻市で市営墓地に応募したら当選した。借地だが、前に日本アルプスが広がる絶景が気に入った。だが子どもたちは遠過ぎると関心を示さない。「死んだら終わり」とは思うが、家族のつながりが消えるのは寂しい。東京の墓地は法外な値だ。

 ▼昔の仲間は海への散骨を勧める。グループの一員が死ぬたびにチャーター船で伊豆沖に散骨する。その後皆で痛飲するらしい。別の友人は思い出深い米本土近海への散骨を望んだ。でも、奥さんは近くのハワイで手軽に済ませ、帰りに観光を存分に楽しんだ。

 ▼作家・高橋三千綱氏の母を送る話も興味深い。85歳まで働いた母への不孝の償いとして銀座の有名店を借り切り、お別れ会を開いた。名目上の会費を100人以上から集めたが、母親も出席者も大満足だった。4年後も元気で「もう一度」と2度目を開いたら、これも大いに盛り上がった。

 ▼3年後に「もう一回やるか」と聞くと「もう十分」といい、96歳で死んだ。戒名は自作、葬儀も身内だけ。カラオケを歌う母のビデオを皆で楽しんだ。

 ▼私は共同墓地か樹木葬かで迷う。脚本家の橋田寿賀子さんは「夫の墓参はしない。千の風になって自由に飛び回り、時折フラッと帰宅すると考えるから」だという。死への態度は、千差万別の時代だ。 (倫)


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