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「亡者の熊野詣で」

 熊野那智大社を右手に見て那智山スカイラインを進むと、熊野灘を望む展望所に出る。そこから見える景色は雄大だ。

 ▼その日は、雲の隙間からこぼれる秋の日差しが海面を照らし、墨絵のような那智湾が刻々と表情を変えた。月並みかもしれないが一期一会という言葉を思い浮かべた。

 ▼その先にあるのが妙法山阿弥陀寺。平安時代、法華経の行者、応照上人はここで生きながら自らの体を焼き尽くすという火生三昧(かしょうざんまい)を実践した。松の葉を食べて体を燃えやすくし、紙の衣をまとって石組みの上に座った。放たれた火が全身を包んでも、読経の声は最期まで穏やかだったという。

 ▼壮絶な修行の跡は今も残る。石組みの周囲には10月中旬、無数のアサマリンドウが花をつけ、こけむした地面にるり色の模様を描く。上人を弔うような清楚な花が目に焼き付いた。

 ▼寺はまた「亡者の熊野詣で」でも知られる。鎌倉時代の書物に「亡くなった人の魂が山門の近くにある釣り鐘をゴーンとたたいてあの世に旅立つ」と記されているという。時代が下ると、死んでから熊野に参るのは大変だから生きているうちに鐘を一つたたいておく「ひとつ鐘まいり」が大阪府泉南地方や和歌山市の風習になったという。

 ▼寺と那智山を結ぶ古道「かけぬけ道」は昨年10月、ユネスコの世界遺産に追加登録された。亡者の気配を感じるかもしれないその道を一度は歩いてみたい。 (長)



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