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「陸奥宗光」

 今年は和歌山県が生んだ明治政府の重鎮、陸奥宗光の没後120年。その功績をたたえる運動の一環として4日午後、田辺市の闘鶏神社でシンポジウムが開かれる。

 ▼宗光は第2次伊藤内閣で外相に就任、不平等条約の改正に成功し、日英通商航海条約締結。治外法権の撤廃、関税自主権の回復を実現させた。日清戦争から三国干渉に至る外交秘録を口述筆記し、当初は部外秘とされた『蹇蹇録(けんけんろく)』には陸奥外交の神髄が記され、宗光自身も「カミソリ大臣」の異名があった。

 ▼宗光は父親の伊達千広とともに田辺と関係が深い。千広は紀州藩の要職にあったが、政変で藩政から追われ、田辺城内に約9年間幽閉された。田辺の会津橋のたもとに歌碑が残る。

 ▼宗光が父の幽居跡などを訪ねた時の記録を田辺市のあおい書店当主、多屋朋三氏に見せていただいた。戦後間もなく、前野忠道氏が紀伊民報の1面を全部使い回顧している。前野氏は古文書の専門家で、その後田辺市文化賞を受賞した。

 ▼宗光は私の郷里の白浜町・富田坂でイノシシ狩りをした。村を挙げての催しだったが、獲物はウサギ1羽。同夜は十九渕の旧家、柏木家に宿泊した。その後、宗光の使者がお礼にと銀製品、写真などを同家に届けた。

 ▼数年前、私は当主の柏木しんさんからこれらの品を見せてもらい、同家に伝わる思い出話を聞かせていただいた。しんさんは昨年、この世を去られた。 (倫)



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